頂上決戦 vsモー商編40


夏焼の完璧な誘導により無事、モー商の校舎を抜けだした熊井達。
あたりがすっかり闇に包まれた校門がもう目の前という時だった。

背中の徳永が熊井にしか聞こえないような小さな声で囁く。
「クマイー、スマンーマタションベンモレター…」
熊井が立ち止まる。
「気にすんなダチ公。らしくねえぞ」
そう言って笑う熊井だったが、腰の辺りを温かく濡らして太ももの方に伝う液体には明らかにヌメリ気があった。
おそらく多量の血液を含んでいると思われる。
(マズイな・・・)

先行していた夏焼や須藤達も立ち止まり、熊井の様子を心配そうに振り返っていた。
「夏焼!後を頼む。こいつらを無事にベリ高まで送り届けてくれ!
俺は先に徳永を病院に連れて行く!!」
夏焼を全面的に信頼出来る男だと判断した熊井の言葉だった。

「熊井君!僕もついて行く!あ、相棒だし!」熊井の横にピッタリと並んでいた矢島が言う。
「いや、ダメだ。お前は責任を持って愛理を家まで送り届けろ。それが俺の相棒としての仕事だ。
おい須藤!菅谷を頼むぞ!・・・それから、嗣永が・・・嗣永と清水がベリ高で待ってる!
俺達は心配ない、と伝えておいてくれ!」
「ああ、承知した!」須藤が力強く頷いた。

――たしか駅前に救急病院があった筈だ。
「全力で走るぞ、ダチ公!ちっと揺れるが我慢してくれな」
そう言って徳永の顔色を熊井が振り返った、その時だった――。

「うッ・・・」と夏焼が籠もった悲鳴をあげた。


頂上決戦 vsモー商編41


――夏焼が地面に崩れ落ちる。

熊井は何の気配も感じ取る事が出来なかった。
いや、そういう「気」を感じる力は熊井よりもむしろ夏焼の方が上回っている筈だった。

全ての気配、「殺気」すらを消して近づいてきた男が血だらけのバタフライナイフを握りしめて言う。
「夏焼ィ・・・てめえにゃガッカリしたぜ・・・ただの飼い犬だったとはな・・クク・・だったら死ね!」

モー商ナンバー2のプライドをズタズタにされた男、久住が鬼の形相で倒れた夏焼を見下ろしていた。
美しかった久住の顔からその面影は消え、自身の鼻や口から血を垂れ流している事に構いもしない。
まさに狂気の闇に飲まれた男のなれの果ての姿に見えた。

つま先でごろりと夏焼を仰向けにさせた久住が、その上に馬乗りになってナイフを振り上げた。

「ヒュッ!」とその刃先が胸に届こうという時、夏焼が目を見開いた!
ナイフの刃を両手で掴む!
その手からナイフの刃先を血が伝い、夏焼の胸にどす黒い染みを作っていく。

久住が言う。
「往生際が悪いぜ、夏焼ィ・・・お前さえ殺れりゃ後はもうどうなろうが知ったことじゃねえ・・・
何ならその後、一緒に逝ってやってもいいんだぜ・・・ククク」
久住が夏焼に、口づけをせんばかりに顔を近づけて言う。
「ゴメンだね・・・僕には・・・」
そこまで言った夏焼の力を背中から流れる血が奪っていく。
ナイフの刃先がゆっくりと制服に出来た染みの中心にズブズブと突き刺さっていった。


頂上決戦 vsモー商編42


―――不思議な静寂が夏焼を包んでいた。
遠くで須藤達の声が聞こえたような気がしたが、それはもうどうでもいいような気がしていた。
―――その静寂のなかで夏焼はぼんやりと、ある日の出来事を想い出す。
ある澄み渡った空気の中の、ほんの些細な会話の事を―――。


「夏焼、またここか?」
夏焼が独占している間は誰も入ってはならない――と言う暗黙の了解が出来ている筈の屋上。
夏焼は振り返りもせずに答える。
「熊井くんか・・・ここから一人でこの景色を見てると何となく落ち着くのさ」
「なあ夏焼、おまえの見てる景色はどんなだ?」
「え?」

「俺もずっと一人だったからな。なんとなくわかるのさ。
だけどこの学校にきてお節介なオマエや徳永や色んな奴が声掛けてきて・・・ダチが出来た。」

「僕は友達になろうと思って声掛けたワケじゃないけどねw」
「ああ、知ってる。だが今はダチだ。俺はそう思ってるぜ、夏焼」

熊井が夏焼の横に並び、同じ方向、同じ街並み、同じ空を見ながら言う。
「・・・お前の見てる景色がどんなかは俺にも、今はわからない。
だが、本当のダチにはいつか同じ風景が見えてくるもんだ―――」

熊井のその日の言葉を。この男に不似合いな優しい目の事を想い出していた。

――僕の瞳は今、どんなだろうか?
誰かの為、・・・友達の為にこうしているのも確かに悪い気分じゃないかもね、熊井くんww

夏焼がゆっくりと、暗い炎の消え去った瞳を閉じていった。


頂上決戦 vsモー商編43


熊井が跳んでいた。
徳永を背負っているとは思えない、信じられない跳躍だった。

その場にいる全員が驚く程の凄まじい速さで夏焼の元に達する筈だったが、
その一瞬が・・・熊井には何分にも何時間にも感じられていた――。

夏焼の胸にナイフが入っていくのが見える。
色んな事が頭をよぎった。

初めて夏焼に出会った日の事。
嗣永にみんなを守ると約束した事。
背中の徳永の事。
(徳永、すまねえ!今揺らすのはまずい・・わかってる!けどお前でもやっぱりこうするよな!ダチ公!!)
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
熊井が吠えた!
獣のような咆吼だった。

それは夏焼の元へなかなかたどり着けない苛立ちと、久住の注意を少しでも引こうとする叫びだった。
だが、狂気の炎の闇に取り込まれた久住に周りは見えていない。

瞳を閉じた夏焼の口が動くのが見えた。

ご・め・ん・ね、 く・ま・い・く・ん

そう動いているように見えた―――。


頂上決戦 vsモー商編44


(夏焼・・・あきらめるんじゃねえ!そんなに簡単にてめえの人生を捨てるんじゃねえッ!!)
夏焼のその刹那的な戦い方、相手を殺しても良いという戦い方は、
逆に言えば自分すらいつ殺されても構わない・・・
そういう戦い方にずっとずっと熊井には見えていた・・・。

(クソッ!!!間に合わねえッ!!!夏焼ッ!!)
久住の凶刃に抵抗を続ける夏焼の手から、見る見る力が抜けていくのが手に取るようにわかる。
熊井の視界がぼやける。
生まれて初めてどうしようもない絶望感を味わおうとしていた、その時だった。

――ズドォオオオオッ!!!――
突然現れた男に顔面を蹴られた久住が錐揉み状に数メートルも吹き飛んだ。

(誰だッ!?)久住を標的に跳んでいた熊井が、夏焼の足元にふわりと降りた。
徳永を揺らさないように細心の注意を払いながら膝のクッションを効かせて着地する。
久住が完全に意識を失っている事を横目で確認しながらも、
一分の隙も見せないようにして、久住を蹴り飛ばした男と夏焼を挟んで対峙する。
…この男の蹴りにも、夏焼や久住と同じようにどす黒い殺気が含まれているのを熊井は見ていた。

「何者だてめえ・・・」
いつでも夏焼を守れるように・・・
そのためになら例え背中の徳永に負担をかける事になろうとも必殺の蹴りを出せる体勢で聞く。
熊井の殺気をたっぷりと含んだ問いかけにモー商の制服を着たその男は、
人差し指を口にあてて「シッ」と制した。


頂上決戦 vsモー商編45


「この薔薇を眠っている私に捧げてくれたのはアナタね・・・」
ひざまずいて持っていた薔薇の花を血に染まった夏焼の胸ポケットに差し、
夏焼の頬を愛おしそうに撫でる男 ―――道重だった。

道重はその指をそのまま首筋にすべらし、意識を無くしている夏焼の脈を取り、呼吸を確かめる。
「胸の方は大丈夫みたいね、うふふ!・・・コレが命の恩人さんかしら?」
そう言って胸ポケットから血だらけの鍵を取り出した。

初めて久住と対峙した時に熊井が胸ポケットに押し込んだ、夏焼の「覚悟」のこもった鍵だった。

「でも。おそらく背中の傷は内蔵に達しているわ・・・急がなきゃ!」

「おい!!」と熊井が恫喝するのにも構わず、道重が夏焼を軽々と肩に担いだ。
背中に残るナイフの刺さった傷跡をしっかりと担ぐ手で押さえて止血している。
これには熊井も感心せざるを得なかった。

「すぐそばにパパの息が掛かった病院があるわ。・・・アナタのその背中のゴミ!!
このお方のお友達だったのなら着いていらっしゃい!」


頂上決戦 vsモー商編46


「ゴ・・・ゴミ!?」
言いたい事と聞きたい事が山程あってぶち切れそうな熊井だったが、
今は敵か味方かもわからないコイツに賭けるしかなかった。
夏焼は勿論、背中のゴミ・・・いや、徳永も一刻を争う状況に変わりはない。
そして事実、夏焼の命を救ったのはこの男なのだ。

「矢島!後を頼む!」
あの状況の中で須藤がほとんど動けなかったのを熊井は見ていた。
おそらく菅谷を背負って立っていること自体が奇跡なのだろう。

だが、この男なら例え死んでもベリ高に着くまで倒れる事はあるまい。

「信じてるぜ相棒!!」
その言葉はもう誰も傷ついてくれるな、と熊井が全員に心底から送った言葉だった。
そう言い残して熊井は、振り返りもせずに駆けていく道重の後を凄まじい速さでついて行く。

残された矢島がぶるぶると震えていた。熊井に信頼された事への嬉しさに武者震いを起こしていたのだ。


頂上決戦 vsモー商編47


「愛理、歩けるかい?」
聞き終わる前に愛理が背中から飛び降りた。
「菅谷くんは、私が守るから・・・!」
自分が陵辱されようと言う時にも気丈だった少女が、夏焼の惨状を目の前にして涙をボロボロこぼしながら言う。

夏焼が襲われた時、矢島に「降りて」と言われた。
熊井よりもスピードのある矢島が夏焼を救うのに一番の適任役だった。
その事は矢島の事をよく知る愛理にも充分わかっている筈だった。
だが、愛理は拒絶した。
兄のように慕う矢島をあんな恐ろしい男の元へむかわせたくなかったのか――
それともただただ自分が恐怖してすくんでしまっただけなのか――
それすらわからないまま愛理があの時、矢島をきつく抱きしめてしまっていた・・・。
それほど・・・こんなにも無垢な少女の目にすら見えてしまう程、久住のどす黒い狂気は強大だったのだ。

その事がこの少女の激しい後悔と・・・そして自分が菅谷を守るという決意となって現れた言葉だった。


「頼もしいけど、僕から絶対に離れないで!須藤君も!・・・僕、熊井君の相棒!!えへへ!」

――残念な事に矢島は空気の読める男ではなかった。
(いや本当はこの重い空気を変えようとしていたつもりだったのだがその想いは誰にも伝わる事は無かった)
熊井君が居てくれたら頭をゴチンと叩いてくれる場面なのに・・・
と、矢島が自分の頭を寂しそうに撫でる。

愛理が一抹の不安を感じて、熊井に音楽室で渡されたポケットの中のナイフを握りしめていた。


頂上決戦 vsモー商編48


真っ暗な待合室に人影は無い。
いや、一つの巨大な人影が1番出入り口に近い椅子に腰掛けてピクリとも動かずに外を睨んでいた。

その人影に何かが飛んでくる。
振り返りもせずに熊井が飛んできたモノを受け止めた。
よく冷えた缶コーヒー。

「心配しなくてもココでモー商の生徒がトラブルを起こす事は絶対に無いわ・・・
私のパパの息が掛かった病院だって事はみんな知ってるから」

「おまえが何者かは知らんが・・・礼を言うぜ。ありがとよ」

「アナタが背負ってたゴミは大丈夫だそうよ。しばらくは入院が必要だけど命に別状はないらしいわ」
「ゴミじゃねえ。徳永だ」
「問題はあのお方・・・我が愛しの夏焼雅様・・・名前まで美しいなんて罪なお方だわ。うふ!」
「おい、ゴミじゃねえ。徳永と呼べ」
「丈夫なゴミと違って繊細なお方だから・・・」
「ゴミじゃねえつってるだろ。徳永だ!」

苛ついた熊井が振り返って驚いた。
ほんの数センチという所に道重の顔がある。
熊井に全く気配を感じさせずにこの距離まで近づいていたのだ。


頂上決戦 vsモー商編49


「へぇー・・・アナタ!なかなかに美しい顔をしてるわね!うふ!・・・うふふ!!」
そう言って道重が更に顔を近づけてくる。
無視を決め込もうとした熊井の耳たぶに甘い吐息がかかる。
さらに口づけをせんばかりに迫ってくるその顔に、流石の熊井も思わず後ずさった。

その時「うッ・・・」と声を漏らした道重が後方へ数メートルも跳躍する。
いくら周りが見えない状態になっていたとはいえ、
あの久住を一撃で数メートルも吹き飛ばした男の動きは恐ろしく俊敏だった。

「く、臭いわ!!アンタ!」
「ん?ああ、ゴミの・・・いや!!徳永のションベン・・・まあアレだ、勲章みたいなもんだ」
「ション・・・」
道重が顔色を青くして一瞬くるりと白目を剥いた。
ヨロヨロと壁にもたれ掛かり胸ポケットから薄桃色のハンカチーフを取り出して鼻と口を覆っている。

熊井が密かに(徳永、助かったぜ・・・)と呟いた。

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最終更新:2011年03月08日 18:40