頂上決戦の序


熊井「お前はこんな所に出てくるヤツじゃない、と思ってたけどな矢島ァ!!」
矢島「引けない時だって・・・あるさ」

愛理の泣き顔が頭に浮かぶ。それを振り払うように矢島はジャケットを脱ぎ捨て熊井の前に相対した。
ゆっくりとファイティングポーズの姿勢をとり「いいかい?」と静かに矢島が問う。
熊井は両手をポケットから出し相変わらず仁王立ちのまま「ああ。」と呟くように返した。

清水(矢島君は強い。将来は世界を狙えるとも言われてる矢島君とまともに喧嘩して勝てる相手なんて居るわけがない。
…でも。勝つよね熊井君は。・・・どうしてだろう。理屈で考えれば矢島君の勝ちは揺るがない筈なのに。
それでも、勝つよね、熊井君。 須藤君も夏焼君も一歩も動かない。きっと熊井君が勝つと信じてるんだ。)
清水が横にいる須藤や夏焼から視線を戻した時、闘いが始まった。


頂上決戦の序の弐


距離をとっていた矢島の身体が一瞬沈んだかのように見えた次の瞬間にはもう熊井の懐に飛び込んでいた。
稲妻のような左ジャブが熊井の顔面を捉える。清水には何発のパンチが繰り出されたのかわからなかった。
熊井が右手を動かそうとした時にはもう矢島は元いた場所でフットワークを刻んでいる。

熊井の顔面から鼻血がしたたり落ちていた。「すげえ。」鼻血を拭おうともせずに熊井が感嘆の声を漏らした。
「や・・・やめ・・」と嗣永が泣きそうな声を出すのを須藤が制する。「3発。良いのを貰った・・・」
誰に話しかけるでもない須藤の声に夏焼が「うん。凄いスピードだね」と答えた。

あの冷静な夏焼の声が清水には震えているように聞こえた。


頂上決戦の参


矢島は冷静だった。喧嘩の経験は無くとも闘いの場数なら素人の喧嘩の数など問題にならない位経験してきている。
今の攻撃で距離を測った。次の攻撃の時に熊井が出してくるであろう右手の攻撃に合わせてカウンターを入れる。
そうすれば幾らあの熊井と云えども倒れないワケがない。矢島はフットワークを刻む足を早めていった。

相手の呼吸を冷静に見計らい熊井が息を吐ききった所を見逃さない。
「ヒュッ!」と息を止めて熊井の懐に飛び込む。さっきの攻撃をなぞるように左が顔面を捉えた。
1、2、3発。熊井の右手が動くのが見える。バックステップを踏んでその攻撃をかわす体勢に入り
熊井の右手が鼻先をかすめた瞬間に自分の右を叩き込む。それで終わりだ!

ゴッ!!!・・・凄まじい衝撃音を残して右が叩き込まれた。


矢島は何が起こったのかわからなかった。
熊井の右をかわしながら自分の右を用意していたときに自分の顎に凄まじい衝撃が走った。
視界が狭まっていく。初めての経験だった。何度も何度もこうして試合で倒れていく相手選手を見送った筈だった。


頂上決戦の四


矢島は生粋のボクサーだった。熊井の長いリーチを完全に見切りそのパンチはもはや矢島の制空権の中だった。
だが、熊井の右足が繰り出した蹴りは矢島が制していた筈の距離を超えていた。
消えかかる意識のなかで「あい・・・り・・」そう呟いた時、・・・矢島の中で何かがはじけた。
倒れてはいけないと呼びかける何かが矢島の身体を支えていく。

熊井は戸惑っていた。完璧に入った自分の蹴りで倒れなかった奴なんていない。
いや正確には吹っ飛ばなかった相手なんていなかった、だ。 
なのに。 矢島は目の前に立ち、ファイティングポーズの姿勢を崩していない。
鼻血で息が苦しい。堪えきれずに「かはッ」と口で呼吸をした。
その時矢島が再び飛び込んできた。(左ジャブ!?いや、右だ)そう思っても矢島のパンチは躱せる代物ではなかった。
(やられる・・・)熊井も初めて誰かに負ける事を覚悟した。

(菅谷・・・ごめん・・)

だが・・・矢島のパンチは熊井の顎に届く事はなかった。
ドッと熊井の胸に飛び込んできた意識のない矢島を抱きしめて熊井は天を仰いだ。

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最終更新:2011年03月06日 22:06