頂上決戦 vsモー商編


ついにモー商の門をくぐろうという時、夏焼がチラと須藤の顔を見た。
すると須藤もまた夏焼の方を向き、不敵な笑みをニヤリと浮かべた。
そこが例え地獄への入り口だったとしてもこれ以上頼りになる男はいないだろう、と思わせる良い笑顔だった。

正直に言えば夏焼に不安な気持ちが無かったわけではない。
他の誰よりもモー商の強さ、凶悪さを知っている男だからこその不安だった。
ましてや今回の事は腑に落ちない事が多すぎる。
だが。
須藤のこの笑顔はそんな不安を吹き飛ばし背中に伝う冷や汗を武者震いに変えてくれるのに充分な笑顔だった。

「行きますか。」夏焼が笑顔で言う。
「ああ。」と答えた須藤がそびえ立つ校舎をギラリと睨んでもう一度笑った。


頂上決戦 vsモー商編2


堂々とモー商の校庭を顔色一つ変えずに進んでいく二人を
10人程の男達が指や首の関節をポキポキと鳴らしながらぞろぞろと出迎えに来る。
「須藤に夏焼か。よく来たな、クク・・・ここが地獄の一丁目、無く子も黙ると言われるモー商だ。
俺達に逆らったお前らに相応しい死に場所だろ?ククク」

そう言って低い声で笑う男達は先ほどの商店街で襲ってきたチンピラ共とは違い、
一見してクセのある連中だと見てとれる。
顔に傷のある男や拳に巨大な拳ダコがある男、耳がつぶれている男もいる。
皆それぞれ腕に覚えのある者達なのだろう、誰一人として得物を持っているような奴はいない。
須藤や夏焼ごときは自分一人で倒して名をあげてやろう、と野心満々の目つきを二人にギラギラと向けている。

普通の人間なら震え上がる場面にも関わらず、須藤は顔色一つ変えずに夏焼に告げた。
「お前は約束を守って無傷で俺をここまで連れてきた。ここからは俺の好きにさせて貰う。良いな?」
「ああ、頼りにしてるよ。須藤くんw」

その言葉を聞いた須藤が顔を下に向けて「ふふ・・・ふふふ」と笑う。
その様子を見た夏焼が一歩、須藤から距離を取る。
爆発のスイッチが入った時の須藤を誰よりも知る男の行動だった。
モー商の中でも精鋭と呼ばれている自分たちを前にして笑う須藤の態度に苛ついたのか
耳の潰れた男が
「てめえ!天下のモー商をナメてんのか!!」と俯いたままの須藤の胸ぐらを掴みに来た。


頂上決戦 vsモー商編3


その男が真横に側転する。
須藤の右の掌底を喰らって男は地面に叩きつけられる・・・事さえ許されなかった。
須藤が掌底とほぼ同時に繰り出した左の前蹴りを更に喰らった男は
モー商の10人の男達のど真ん中に吹き飛んでいったのだ。

足元に耳の潰れた男が転がってきたのを何が起こったのか理解出来ずに覗き込もうとした男がいた。
巨大な拳ダコを持つその男が見たものは気絶した仲間の顔では無く、須藤の膝だった。
メキメキッ!と骨のきしむ音を立てて男は自らの歯を撒き散らしながら
綺麗な後転を決めて地面に腹から落ち、大の字になったままピクリとも動かなかった。

「ナメてるのはてめえらだッ!!ベリ高の須藤と夏焼が挨拶に来てやったぜ!!!」

最凶最悪と詠われたモー商のど真ん中で須藤が吠えた。


頂上決戦 vsモー商編4


須藤から離れた位置にいた男は、そのあまりにも凄まじい須藤のパワーに唖然としていて
自分に何が起こったのかさえ知らなかっただろう。
音も立てずに近づいてきた夏焼に気付く間もなく、白目をむいてその場に崩れ落ちた。
気配に気付きどよめく男達の急所を夏焼の貫き手が正確に射貫いていく。
続けざまに3人の男達を昏倒させた夏焼が次の獲物を求めて振り返った時、
その場に立っている者は、おびただしい返り血を浴びた須藤ただ一人だった。

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
足元で須藤のズボンにしがみつく男に真上から踵を振り下ろした須藤がギラリと笑った。

須藤のただ一つの弱点・・・それは優しさだ。
色んな状況を考えすぎてしまい、その力を100%使う事が出来ないでいる。
だが今回は違う。
こうなった時の須藤の強さが、熊井に勝るとも劣らない力を発揮する事を知っているのは
須藤自身よりもむしろ夏焼の方だった。

「やれやれ、熊井くんと云い須藤くんと云い我が校にはとんでもない化け物がいるもんだねww」
「くっくっく」と呆れたように笑う夏焼に須藤が
「おい!俺をあんな巨大怪獣と一緒にするんじゃねえ!
…それから俺をゴリラ呼ばわりしたらお前にも脳天チョップ喰らわすぞ」

その言葉に耳を貸さず「さて」と言って周りをキョロキョロと探し回る夏焼が
一人の呻き声をあげている男に目を止め
「良かったァ!さすがモー商の精鋭、ゴリラの一撃を喰らって意識があるとはねw」
「おい!今なんつった?」


頂上決戦 vsモー商編5


夏焼は意に介せず男の頭を自分の片膝に膝枕するような形にして
「大丈夫ですか?」と優しく聞く。
そしてポケットから自宅の鍵を取り出し、先の尖った方を男の目にピタリとあてた。
「僕らの友達がお邪魔してる筈なんですが、どこにいるか知ってますか?」
優しそうな笑顔で聞く絶世の美少年に怯えた男が暴れそうになるのを髪の毛を押さえつけて夏焼が再び聞く。
「暴れない方が良いですよ、失明しちゃいますから。・・・で、さっきの質問ですが」
「どこにいるのか、早く言わないと殺す。」
夏焼が低く静かにそう言い放ち、鍵を持つ指に力を込めたときだった。

「探ス必要ハナイヨ」
闇の中から男が現れる。
気配すら感じさせずにその男は二人からわずか数メートルの位置に立っていた。
須藤より一回り大きいその男は筋肉の付き方も須藤でさえ見劣りしてしまう程、逞しい体つきをしている。

梅田から話は聞いていた。
こいつこそあのキュー学最強と呼ばれた梅田を倒した男、JJ。
恐るべき中国拳法の使い手だ。

「私ガ案内スル。ツイテ来イ。久住サンガオ待チカネダヨ」
中国訛りのJJがそう言って背を向ける。

「久住??ちッ・・・そういう事か・・・」夏焼が誰にも聞こえない声で呟いた。


頂上決戦 vsモー商編6


熊井と矢島は先にモー商の門をくぐった二人と違い、ただ全力で駆け抜けていっただけだった。
最凶最悪と恐れられるモー商の入り口も、この怖いモノ知らずの男とただのボクシングバカにとっては
何の感慨も無い単なる校門でしかなかった。

左右に十人程の男達が倒れているのが見える。
そこすら倒れている男をピョンと飛び越しひたすら全力で駆け抜けて行こうとする矢島に熊井が
「待て。」と声をかけて立ち止まった。
それを聞いた矢島もピタリと立ち止まり、シッポを振る犬のように熊井の方を向いておとなしくしている。

右側に倒れている男達は血まみれで呻き声を上げて苦しんでる奴もいる。
一方左側に倒れている連中は一見して傷跡など無く、綺麗な外見のまま意識だけを失っているように見えた。

熊井は重傷そうな右側の男達には目もくれず、左側に倒れている男の脈をそっと取った。
男の耳の下の急所、露霞と呼ばれる部分に深く突き刺さったであろう貫き手の跡がある。
「ふん、手加減はちゃんとしているようだな夏焼・・・」

夏焼の戦い方は格闘技や武道の類ではない、と熊井は思っていた。
あれはそう・・・ただひたすら相手を壊す、もっと究極に言えば人間を殺す為だけの技だ。
何が夏焼をそうまで駆り立てているのかはわからなかったが
夏焼の瞳に宿る、哀しみの黒い炎の事を熊井も薄々は感じ取っていたのだった。

熊井が立ち上がり背中を向けたまま「矢島、案内ご苦労だった」と告げる。
「え?」と聞き返す矢島に熊井の必殺の蹴りが飛んできた。


頂上決戦 vsモー商編7


間一髪、大きく後ろに跳んだ矢島の鼻先を轟音が通過していく。
風圧だけで脳を揺さぶられそうな本気の蹴りだった。
矢島は体勢を大きく崩しながらも反射的にファイティングポーズの姿勢を取る。

「ふん、やっぱり2発目は躱しやがったか」
「たまたま、だと思うよ・・・熊井君、どういう事?」
矢島の頬を伝う冷や汗が嘘ではない事を物語っていた。

しょうがない奴だと言いたげに熊井が頭を掻きながら
「今からなら戻れるだろう?ボクシング部」
ファイティングポーズを取っていた腕を下げて矢島が
「く、熊井君・・・僕の事・・・心配してくれてるの?」
気のせいか瞳がやたらキラキラ輝いてるように見えた。

「あー、うぜぇ・・・」と言いかけた熊井の言葉を遮って
「う、嬉しいな、熊井君みたいな凄い人が僕の事を心配してくれてるなんて・・・
嬉しい・・・いやぁ嬉しいな」とまるで女の子のようにもじもじと体をくねりながら照れていた矢島が
顔を上げ「でも。」と熊井の目を真っ直ぐに見つめて言う。

「僕は行くよ。熊井君が止めても行く。あの中には愛理がいる。幼なじみの徳永もいるんだ。
徳永の事は・・・梅田にも約束したんだ!あの梅田が・・・泣きながら僕に・・・
梅田のあんな顔・・・見てられなかった・・・だから僕は行くよ!絶対に行く!
もし熊井君が僕の立場だったら・・・ここから黙って引き返せる?」
矢島の瞳にうっすらと涙が滲んでいた。

熊井はボリボリと頭を掻きながら
「チッ、あーめんどくせぇ・・・行くか」
矢島が鼻を啜りながら嬉しそうに返事をする。
「うん!熊井君、・・・あの、心配してくれたんだよね・・・?僕の事・・・痛い!」


頂上決戦 vsモー商編8  ――JJvs須藤――


JJに案内されて2階にある教室に通された二人が見たソレは最初誰だか、いや何かすら理解できなかった。
地べたにぼろぞうきんのように転がったソレは
顔が腫れ上がり、血だらけで目はつぶれ左腕が肘ではない位置から折れ曲がっていた。
髪型と制服からかろうじて徳永らしいと判別するしか無い程無残な姿だった。
教室中に徳永のモノであろう血がべったりと染みついている。

「て・・め・え・・らッ!!」
怒髪天を衝くとはまさにこの事であろう。
低くそう言いはなった須藤の声で教室中の窓ガラスがビリビリと震えた気がした。

血走った目で徳永の元へ歩み寄ろうとする須藤のその行く手をJJがスッと遮った。
須藤は止まらない。

須藤はそのまま全体重をかけた右拳をJJに叩きつけようとした。
まともに受ければ例えどんなに固くガードしようとも吹き飛ぶような突きだった――。

夏焼には嫌な予感があった。
梅田の話だ。
確実に捉えた筈の蹴りが何故か空を切り、その直後にカウンターを喰らう。
まるで得体の知れない妖術を使われているようだったと言う。
JJという中国人に気をつけろ。そう梅田から言われていた。

だがこの距離からの須藤の突きはJJの顔面を確実に捉えていた・・・筈だった。


頂上決戦 vsモー商編9  ――JJvs須藤――


確かにJJを捉えていた筈の須藤の突きが空を切る。

夏焼は見た。
JJが突きを喰らう瞬間に足や身体を全く揺らさず、ほぼ首だけの動きで相手の拳から紙一重だけずらすのを!
まるで残像を残すような一瞬の動きだった。
パンチや蹴りを繰り出す人間はどうしても頭部が揺れている。
相手の足や身体が全く動いてなければ確実に捉えたと思う筈だ。
当たった筈の攻撃が空を切ったように思えても不思議ではない。

そしてJJは同時に須藤の腕の内側に自分の拳を這わせて来ていた!
自分は激しく頭部を振りながらもその突きは正確で恐ろしく鋭い。
これこそ梅田が「妖術」と呼んだ技の正体だ。

その拳はカウンターとなって須藤に命中する・・・。

(まずい!)夏焼が動こうとした。自分の攻撃がこの恐るべき中国拳法の達人に
通用するかどうかはわからない。だが須藤が倒された今、奇襲以外に勝算はあり得ないのだ。

その時、JJが大きく後ろに跳ぶ。
何やら不思議そうな顔で自分の拳を見つめていた。

「一度見たくらいじゃ完璧にマネするっつーワケにはいかないもんだな」
頬をかすめていったJJの拳の跡から伝う血を、指先で触りながらニヤリと須藤が笑った。

夏焼は100%の、いや徳永の姿を見て120%の力を発揮しているであろう須藤の力を見くびっていた。
その自分の判断の愚かさと須藤への感嘆の思いに笑いがこみ上げてくる。
「まったく、すごいゴリラもいたもんだww」


頂上決戦 vsモー商編10  ――JJvs須藤――


須藤が視線を目の前の敵から少しもずらさずに言う。
「夏焼ィ。後でオマエ脳天チョップな」
「全部終わった後で・・・なら喜んでうけたまわるよ須藤くんww」

須藤はもう一度ニヤリと笑って構えた。
「さあ来い。次は外さねえ!」
利き腕の右拳をやや前に出し左拳を腰に溜める。
サウスポースタイルでの双手突きの構えだ。
須藤のパワーならば突きの威力が半分以下になるこの技でも相手を倒すのには充分だろう。
しかも2カ所を同時に攻撃するこの方法なら、あの「妖術」に対しても有効な手段だ。

次に目を血走らせたのはJJの方だった。
この技を体得するのにどれほど血の滲むような修練を重ねてきたか!
それを初見の須藤に破られただけならまだしも、目の前であっさりと真似されたのだ。

「殺シテヤル・・・」
そう言ってJJが一歩須藤の距離に踏み込んだ時
「待て!」
教室の1番前、教壇に腰掛け膝を立ててつまらなさそうに様子を見守っていた男が声をかけた。

モー商の実質的実力NO.2と言われる男――
そして清水からの情報に寄れば、あの高橋に反旗を翻そうとする男、久住だった。

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最終更新:2011年03月08日 16:29