頂上決戦後編


―ヒュッ!― 空気を切り裂く音を残して、矢島の右拳が迫ってくる。

ガードは間に合わない。
鼻血ごときで咳き込んで隙を見せた自分を呪った。矢島の眼が青白く光っているのが見える。

(やられる・・・菅谷・・・ごめん・・・)


「はぁッ!!!」熊井が飛び起きた。
「ダ・ダメだよぉ熊井くん!鼻血が止まったばかりなんだから、もう少し寝てないとォ」嗣永の声だ。
肩を優しく掴まれ、起こしていた上半身をゆっくりと下げられる。

(ああ、そうか。矢島はあの時にはもう意識が・・・アイツ・・・すげえ奴だ・・・
たまたま生まれつき強かっただけの俺なんかと違って、あれは・・・血の滲むような努力と鍛錬で作られた
…本物の強さ・・・ってヤツだ・・・)
熊井は自分の右手を空に向けて、まるで敗者が悔しさを噛み締めるかのように硬く拳を握りしめた。

その手にかぶるように嗣永の顔が熊井の頭側からひょこっと現れ
「熊井くん、鼻のティッシュ変えるね」と言う。

「え?」(あれ?・・・何だ?俺、今、どうなってる?この後頭部の柔らかくて気持ちの良い感触は一体・・・)
嗣永の上半身が熊井の顔に近づき、鼻に詰めた血だらけのティッシュを抜き取った時、全ての謎が解けた。

―頭の後ろ!嗣永の髪が顔にかかりそう!いやむしろ太もも!スゲー良い匂い!柔らかい二つの桃いや腿!
…そう!これはそう膝まくるァアああああ!!!―


頂上決戦後編の弐


ピョンと熊井が跳ね起き「も・も・も、もう大丈夫だ!もう平気だから!」
と言って嗣永の動きを制するように手を前に出した瞬間、鼻血が前より激しく噴水のように吹き出した。
嗣永もびっくりして立ち上がり「きゃッ!ダ・ダメだってば熊井くん!寝てないとォ!もぅ!怒るよ!」

右足でドン!と地面を踏み、拳を握りしめ口を真一文字にして本気で怒っているようにも見える。

「い・いやしかしだがしかし・・・」
「ホラァ!ちゃんと言う事聞いて!」嗣永が正座し、熊井を呼び込むように膝を両手で2回叩いた。
「・・・ウン。」

観念して熊井が大人しく嗣永の膝の上に、恐る恐る頭を乗せると
「もう!熊井くんってそういうとこ子供みたいなんだからぁ」とやさしく叱るように鼻血を拭ってくれる。
自分で耳まで真っ赤になっていくのがわかる。

何とか気をそらそうと「あ、や・矢島は?」と嗣永に聞いてみる。
「あ、矢島くんは今保健室で・・・梅田くんと一緒に寝てる」
意外な名前にビックリして体を起こし「梅田?梅田ってキュー学の梅田か?あいつがどうして!?」
「ダメだよ熊井くん!横になってないと!」と再び肩を押さえられる。
「あ、ゴ・ゴメン・・・そ、それより菅谷は!梅田がいるって事は菅谷は戻ってきたのか?」

その問いかけに嗣永が表情を曇らせた。


頂上決戦後編の参


「あ・あのね熊井くん・・・実は梅田くんが、ね・・・あ!そうだ!
ぼくが説明するよりも、夏焼くんが伝言を残していってくれたから・・・コレ!読んだ方が」
と言って胸ポケットから手紙らしき物を出して渡す。

「夏焼が俺に手紙?」・・・嫌な胸騒ぎがした。
何が起こっているのかわからない焦燥感と、今までどんな場面であろうとも
感じたことのない不吉な予感に、熊井は慌てて手紙を開いた。

「ぬわんぬァんだ、コレは・・・」
手紙を持つ熊井の手がぶるぶると震えていた。

ただならぬ熊井の表情に嗣永も慌てて、首を傾けて手紙をのぞき込んだ。
そこにはたった1行、こう書いてあった。



    ごめんねww熊井くんwww


頂上決戦後編の四


話は少し前に戻る。

意識のない矢島を抱きしめていた熊井が、その矢島を庇うようにしっかりと胸に抱えたまま仰向けに倒れた。
鼻血をダラダラと垂らし、苦しそうに肩で息をしている。
「須藤!・・・矢島を頼む。・・・こいつすげえ・・・すげえ奴だ」熊井の頼みに須藤が
「ああ。わかってる。ウチの学校の奴には指一本手出しはさせない。任せろ」
と言ってヒョイと軽々矢島を右肩に担ぎ上げながら
「で、おまえはどうする?左肩なら開いてるぞ?」と問う。

「俺は大丈夫だ。・・・ちと疲れた・・・寝る。」と言って熊井は大の字になり気持ち良さそうにいびきをかき始めた。

そのあまりにも無邪気な寝顔に、夏焼が人差し指を額にあてながら「やれやれ、何て奴だよキミは・・・」
本気で呆れてるかのように笑う。

 そんな夏焼を清水が不思議そうに見つめていた。
どんな場面でも、女の子に囲まれている時も僕たち仲間といる時でさえ、夏焼の気高く美しい笑顔の奥に
決して消えることなく燃え続ける黒い炎がある事を、清水だけは知っていた。

そして夏焼が決して表には出さずに独りぼっちで抱えている、心の奥の深い深い闇の事も。


頂上決戦後編の五


夏焼が嗣永に駆け寄り「熊井くんの面倒を頼むね。」と言ってポケットティッシュを渡している。
「ポケットティッシュならぼくも持ってるから」と嗣永が遠慮しながら告げると、
「あの大男の鼻血は、一袋じゃ足りないかもしれないよ」と言って笑った。
夏焼のこんなに無邪気な表情を清水は見た事がなかった。

ひょっとしたら熊井くんには、みんなを内側から変える力さえもあるのかも知れない、と清水は思った。
いや、そうであって欲しいという願いだったかもしれない。


そんな事を考えながら夏焼を見つめていると、その表情が再び変わった。
いつもの凍り付くような視線で校門の方を見つめている。
清水が振り返って見ると、そこにはキュート学園の梅田が校門にもたれかかるようにして立っていた。

気配を感じて振り返る須藤の肩に抱えられている意識のない矢島をみて
「畜生・・・矢島のバカ・・・負けやがったのかよ」
そう呟いた梅田は倒れている(ように見える)熊井の方にも目をやり、
「相打ちかよ・・・これじゃ・・・奴らの思うツボじゃ・・ねーか・・・」と言ってズルズルとその場に崩れ落ちた。


頂上決戦後編の番外 夏焼雅


最初のスレの方で出てた夏焼くんの設定を俺風にアレンジ のダイジェスト

夏焼は代々続いていた父親の家業がつぶれ一家心中もありえる状態の時、1人の政治権力者によって家族を救われる。
その権力者は夏焼雅の美しさに幼少の頃から目をつけ、我が物にしたいと願っていた男だった。
夏焼は家族とは別にその男の元へ引き取られる事になり、中学校の頃に清水のいるこの街に転校してきた。

転校初日から席が隣だった事もあり、2人は仲良くなった。
無邪気に笑うあまりにも美しい夏焼に清水は惹かれていった。

だが、いつの頃からか夏焼の表情から無邪気さが消え、瞳の奥に暗い炎を灯すようになっていった。

まだ明るく笑っていた夏焼から聞かされた、家族を救ってくれた恩人の事、今はその人の家でお世話になる事になって
この街に引っ越してきた事と何か関係があるのだろうか。

みたいな裏設定で夏焼くんのキャラクターを描いてみた。
後付で考えたから頂上決戦後編で矛盾する部分があるのは勘弁w

とりあえず今日はこんな感じで また


頂上決戦後編の六


「大丈夫かい?梅田くん」
そう言ってハンカチを差し出したのは夏焼だった。
「俺に構うな・・・情けは受けね―」
差し出されたハンカチを振り払う梅田の顔を、夏焼に追いついた清水が見て「うわ・・・」と声を漏らす。

頭から血を流し、こちら側から見えなかった顔の反対側は腫れ上がり醜く変形して目が潰れている。
キュー学最強と呼ばれたヤサ男の面影も無い程、酷い有様だった。

「君がこんなにやられるなんて・・・強がらなくて良いよ。さ、傷を見せて」
こういう時の夏焼のやさしい口調に逆らえる人間は、男女を問わずいない。

肩に矢島を担いだ須藤がやってきて「やれやれ、キュー学の大将2人を背負う事になるとはな」

そう言って手を差し出した時、
「くそッ・・・矢島・・・何が僕一人で解決して見せるだ・・・このバカ」

意識のない矢島を見ながら呟いた梅田が突然、須藤に向かって土下座した。
「須藤!頼む!!と・徳永を、助けに行ってやってくれ!・・・アイツ、俺を逃がすために一人で・・・」
クソッ・・・クソッと悔し涙を流す梅田を前に、夏焼と須藤が顔を見合わせた。
「どういう事なんだい?梅田くん」
「モー商だ・・・徳永はそこに・・・多分、ウチの愛理と・・・菅谷ってヤツもいる筈だ」

言い終わる前に梅田は須藤の肩にヒョイと担がれた。
「このままでも話せるな?」


頂上決戦後編の七


梅田は自分の不甲斐なさに、ボロボロと見えない目からも涙をこぼしながら事の成り行きを話始めた、が。

嗣永が見たのはここまでだった。

熊井くんの面倒を頼むねと夏焼に言われ、幸せそうに寝息を立てている熊井の鼻血を拭っていた。

やがて保健室から戻ってきた須藤は話しかけられる雰囲気ではなかった。
いつもの優しい須藤とは違い、まともに目を合わすことすら嗣永には出来なかった。

夏焼が駆け寄ってきて、これ、熊井くんが起きたら渡しておいてと手紙を置いていった。
その時、熊井の幸せそうな寝顔を見て、何故だかクックックッと笑った――


 ―そこまでを嗣永に聞いた熊井がゆっくりと立ち上がった。
嗣永に背を向けたまま「いってくるぁ」と告げる。

「ぼ、ぼくも」「来るんじゃねえ!!!足手まといだ!」
振り返らずに叫ぶ熊井の背中は須藤のそれよりも、もっと怖かった。
空気さえ震えた気がした。「ひッ・・」と思わず立ち上がり掛けていた腰をぺたんと下ろしてしまった。

「心配すンな・・・須藤も、夏焼も、徳永も菅谷も・・・俺ら、のダチはぜってぇ俺が連れて帰ってきてやっから、よ」
そう呟く熊井の背中が今度はやさしく見えた。誰よりも強く、そして誰よりもやさしく見えた。

「うん・・・。」絶対の安心感を与えてくれる熊井の言葉に嗣永は頷いた。


頂上決戦後編の八


ところが、歩き出した熊井が立ち止まり、突然頭を両手で抱えて不思議なおどりを踊り始めた。
「く・熊井くん?」
嗣永の問いかけに熊井が振り返り、急ぎ足で戻って来て半泣きの顔でこう訊ねた。

「モ、モー商ってどこにあるんだァ?」
「プッ」と吹き出した嗣永が熊井の目を真っ直ぐに見つめて
「ぼくも行くよ!・・・ぼくだって熊井くんや、須藤くんやみんな・・・みんなの友達なんだ!」
「つ、嗣永・・」
「それに・・・熊井くんといれば大丈夫だよね。それとも、ぼくを守る自信・・・ない?」

熊井が微笑み、嗣永の頭を髪の毛をクシャクシャになるほど強く撫でた。
「よし、いくか!ダチ公」そう言いかけた時「僕がいくよ!」と声が被った。

振り返る2人の視線の先に矢島が立っていた。
空気の読めない男だった。KYで真っ直ぐなバカだった。とどめ刺しときゃ良かったと熊井は思った。

「梅田から話は全部聞いた。・・・嗣永君、だったよね。」
そう言って矢島は嗣永の手を、自分の両手で包み込むようにして話し始める。
「梅田は自分も行くと言ってる。今は清水君に止めて貰ってるけど、あいつは来ると言ったら死んでも来る男だ。
あの体じゃとても無理だ・・・梅田に無茶させないように、君にも面倒を頼みたいんだ。
…お願い・・・出来るかな?」

矢島の美しい瞳で真っ直ぐに見つめられ、嗣永の顔が少し赤くなったように見えた。

熊井の歯ぎしりが聞こえた。


頂上決戦後編の九


(こいつ・・・今からでもトドメを・・・)
熊井が本気でそう考えながら矢島の後頭部に手をのばそうとしていると
「熊井くん!!!」
突然振り返った矢島が熊井の手を取り、嗣永に向けた視線よりももっとキラキラした瞳で
「スゴイよ!熊井君は!!熊井君はスゴイ!!!」そう言いながら熊井の大きな手を両手で握りしめる。

「スゴイなぁ熊井君は。本当にスゴイ!僕には他に言葉が見つからないほど、熊井君は本当にスゴイよ!」

「あ、ああ」言ってる事はよくわからなかったが、コイツがバカな事だけはよくわかった。
徳永と親友だと言う事もなんとなく納得できた。

「行こう熊井君!僕なら熊井君の役に立てると思うんだ。・・・愛理や徳永も・・僕がきっと」
そう言って熊井の手を握りしめたまま歩き出そうとする。

その手を慌てて熊井が振り払い、嗣永の方を振り返る。
ほんの少し、嗣永の頬が膨らんでいる気がした。

「あの、じゃあ・・・ぼくは梅田君の事見てくる、ね」
寂しそうにそう言って保健室の方へ駆け出す嗣永の背中に、

「嗣永!!・・・すぐに戻ってくるから、よ。またみんなで此処でバカやってあそぼうぜ」

そう言ってベリ高の校舎を見上げる熊井。
嗣永が同じように校舎を見上げた後、振り返り
「熊井くんの言う事、信じなかった事なんて・・・いっぺんもないよ!」と微笑んだ。


頂上決戦後編の十


破顔する熊井の脇から矢島がヒョコッと顔を出し「僕も付いてるからネー」と言う。
「お前は黙ってろ」「イテッ!」熊井に頭をポカッと殴られて何故だか嬉しそうに引っ込む矢島。

「じゃあまた、此処<ベリ高>でな」
「うん!!」嬉しそうに頷いた嗣永が保健室の方へ走っていく。今度は元気に。力強く。

その背中を見送りながら矢島が「あれで良かったよね?」と問う。
「ああ、やるじゃねーか」と言って熊井がまた頭をポカリと殴った。
「痛い!」何故だか心底嬉しそうな顔をして頭を抑えていた矢島が、急に真面目な顔になり、

「モー商は強い。何をしてくるかわからない。正直僕でも・・・」その言葉を熊井が遮る。
「怖いのか?」
「いや全然」不敵な笑みを浮かべた熊井に矢島がどうしてそんな事聞くの?と言わんばかりの表情だ。
「上等だ」何故か矢島はまた頭をポカリと叩かれた。
「痛い!・・・もう何で叩くのォ!」
どうしてだか嬉しそうに聞く矢島の問いかけには、熊井は答えず

「とにかく相手が何処だろうが関係ねえ。ぶっ潰す。それだけだ。行くぞ」

保健室に向かう嗣永が一度だけ、振り返った。
世界一強い男と、宇宙一強いかもしれない男が、夕闇のせまるベリ高の校門を出て行く所だった。


本当の頂上決戦が今、始まろうとしていた――。


頂上決戦後編 十一


廊下を走る嗣永の耳に何かが割れる音と怒号が聞こえてきた。
慌てて保健室のドアを開くと、清水が梅田と揉み合っている。
「ダ、ダメだよ!梅田くん!そんな体で!」
「うっせえんだよチビ!俺は行かなきゃならねぇ・・・離さねぇとぶっ殺すぞこのクソガキが!!」
保健室を出ようとする梅田にしがみつき、必死でベッドに押し戻そうとする清水が
「つぅッ!!」と苦悶の表情を浮かべた。

嗣永(清水くん・・・まだ足が!!)

「離せよチビ!」そう叫んだ梅田が清水の髪を乱暴に掴みあげたその時
―パァーン!―平手打ちの音が保健室に響く。
「・・・ッてぇ」梅田の前にもう一人のチビが立っていた。

「何しやがるクソチビ!!」キュー学最強の男の怒号にも嗣永はひるまず、梅田の目をキッと睨み返し
「清水くんは足が悪いんだ!!ダンスが上手で世界一ダンスが好きで・・・それなのに・・それなのに・・」
「ハァ?何言ってんだ?クソチビ」
嗣永が大粒の涙をぼろぼろとこぼし始めながらも、梅田を真っ直ぐに見つめたまま
「それなのに・・・君みたいな不良に、遊び半分で・・足を・・・ぞれでも、や、矢島くんや、みんなに
…梅田ぐんの事、た、頼まれで・・・う゛ぅ・・・だから、う゛ー・・・」
「チッ、何言ってるか、わかりゃしねー」頭を掻きむしりながら清水の方を向いた梅田が「足、悪いのか」と聞く。
「う、うん。少しね」
笑顔で返事をする清水をみて梅田も足を引きずりながらベッドへ戻った。

「清水ってーのか・・・悪かったな」そう言って布団をかぶった。
布団が震えていた。自分の不甲斐なさに嗚咽を殺して泣いているようだった。

清水が駆け寄り、「僕は梅田くんの事、不良だなんて思ってないよ。徳永くんのために土下座してくれたんだもの」

「う゛ーぅう、う゛う゛ぅ」と子供のように泣きじゃくりながら寄ってきた嗣永が
「ごめ・・んなさい、ごめんなさい・・・梅田くん・・ぼく、ぼく・・・つい・・」
とあまりにも大泣きするので、椅子に座らせて二人の背中をなで始める。

「大丈夫だよ、二人とも。熊井くんや須藤くん、矢島くんも行ってくれたし・・・
それに・・・雅が行ってくれたんだ。」清水が夏焼を名前で呼ぶ。あの頃のように。

「彼は、雅は・・・どんな状況でも、絶対に負けない男なんだ。」
二人の大泣きしている男の背中をさすりながら、清水の目からも涙が溢れていた。


頂上決戦後編 十二


がらんとした廃墟のような商店街。
普通なら夕食の支度に忙しい主婦達で混み合う時間帯なのだが、全ての店のシャッターは降りまるで人気がない。
そしてそのシャッターにはカラフルで不気味な落書きがビッシリと描かれている。

悪名高き“モー商通り” ―そう呼ばれていた。

アーケードになっている為、靴音が反響する。
須藤と夏焼のその靴音に誘われるように左右の路地から凶悪そうな目つきの男達がぞろぞろと現れた。

モー商の制服を着た男達は手に手に、それぞれが木刀や金属バットを持ち行き先を塞ぐように通路を埋め尽くす。

「ベリ高の須藤じゃねーか?あァ?」「おいおい、隣のべっぴんさん誰よ?彼女連れてデートかい須藤くーん」
「不純異性交遊はイカンねー、実にイカン。」「じゃ、こうしよう!みんなで不純異性交遊しよう!な?」
そう言って数十人の男達が一斉に下卑た笑い声を上げた。

「待ち伏せか。丁度暴れたくて我慢ならなかったところだ・・・」
須藤が指を鳴らしながら相手の数や武器の事など、まるで気にしていないかのように前に出る。
その須藤の行く手を夏焼の手が遮った。

「まあまあ、須藤くん、せっかく褒めてくれてるんだからサービスしてあげようよ」
「あ?」
須藤の声に耳は貸さず、夏焼が右手を軽く挙げピースサインを作って「イェイ!」とウィンクをした。

それが合図だった。

「ヒュー、マジ美人だわ!」「学ラン着てっけど関係ねー、ひんむいてマワしちまおうぜ」「どんな声で啼くのかねー」
そう口にするモー商の男達の耳に、地響きと男達の怒号が聞こえてきた。


頂上決戦後編 十三


挟み撃ちに会ったかと思った須藤が振り返る。

走ってくる男達の中に須藤が殴り飛ばしたヤツがいた。熊井が蹴り飛ばしたヤツもいる。ベリ高の不良共だった。
モー商の生徒よりも多い。
状況の掴めない須藤と、前を向いたまま微動だにしない夏焼の脇を凄い勢いで走り抜けてゆく。
とまどいひるむモー商の男達に夏焼がピースをしたままの指をハサミのようにチョキチョキと動かし
「イェイ!イェイ!」と再びウィンクをした。大サービスだった。

「殺っちまええー!」「うおおおおおおお!」走り込んできた勢いそのままに、全体重をかけて殴り飛ばす者、
跳び蹴りを繰り出す者、モー商の金属バットの返り討ちに遭う者。
血反吐が新たな落書きとして店のシャッターに飛び散る。静かだった商店街はたちまち怒号の渦に包まれた。

「みんなモー商には煮え湯を飲まされてきた人間だからね。須藤くんが立つと言えば乗ってきてくれたよ。」
「夏焼・・・俺はこういうのは、好きじゃねえ」
「くっくっく・・・甘いねえ須藤くんは。これは戦争なんだよ・・・戦争にキレイ事はいらないのさ!!
‥殺るか殺られるか!人質とか卑怯とか関係ない、殺った方が正義の戦争さ!!!」

そう言って笑う夏焼の瞳に燃える暗い狂気の闇を、須藤も垣間見た気がした。

「さぁ行こう。須藤くん、僕は何としても君を無傷でモー商まで届けるつもりだから、ね」

怒号の渦の中を抜けていく時、夏焼を美人だと言ったモー商の男が馬乗りになられて殴られていた。
夏焼が立ち止まり、もう一度その男に向かって「イェイ!」とウィンクをした。
出血大サービスだった。


頂上決戦後編 十四 ―道重vs夏焼―


男達の怒号が遠ざかり、間もなくモー商が見えてくるという時
商店街通りの出口に一人の男が立っていた。

薔薇の花を一輪、胸に抱えてこちらを見ている。
「あらァ?あらあら!へー!ベリ高に私好みのイケメンがいるとは聞いていたけど?良いわーアナタ!」

「うわぁ・・・」と夏焼が気持ち悪そうな声を漏らした。
唇にはピンクのルージュを塗り、長い髪には緩やかなウェーブがかかっている。
マスカラを塗った睫毛はまばたきの音が聞こえてきそうだ。

清水の情報を全て頭に入れてある夏焼に思い当たる名前があった。

奴の名は道重。モー商幹部の一人。
見た目や物腰とは裏腹に残虐で美しい物を男女問わず、とことん痛めつけるのが趣味の変態らしい。
相手の顔面を殴り続ける事によって射精する程のドSだという。腕も相当な物だと聞いた。

あんまり戦いたくない相手だなと思っていた。色んな意味で。
「・・・ちょっとアンタ!そうよ!そこの筋肉バカみたいな顔のゴリラ!
 アンタ行っていいわ。モー商はすぐソコだから、早く行って頂戴!シッ、シッ!」

「ゴ、ゴリラって・・・俺の事か?コラ!!!」
「行ってくれ、須藤くん」覚悟を決めたような夏焼の声だった。
「・・・いいのか・・・?」
「言ったろ?僕は何としても須藤くんを無傷でモー商に送り届けるって。
 ・・・それに、僕は負けないよ。徳永くんや菅谷くんの事を頼む。すぐに追いつく」

夏焼の顔を真っ直ぐに見つめた後、須藤は「わかった」と頷いてモー商に向かう。
すれ違う時、須藤のことなどまるで眼中に無いらしい道重の横顔をチラと見た。
男にしては美しすぎる瞳に、気味の悪い狂気の炎が宿っていた。


頂上決戦後編 十五


「さて。やっと二人っきりになれたわね!うふ!
…いいわよぉアナタ!美しいわァ。ゾックゾクしてきちゃった」
道重の股間部分がパンパンに膨れあがり、顔が上気してほんのりピンク色に染まっている。

勃起したその部分に気付いた夏焼が人差し指を額にあてて
「やれやれ、何か僕の美学に反するなぁ・・・やりにくいよキミ」
「あら!こ・声まで美しいのねアナタ!素晴らしィいわ!!
…その美しい顔を醜く壊しながら心地よい啼き声を一晩中聞いてみたくなってきたわ・・うふふッ」

そう言って不気味に微笑む道重を見て夏焼が
「あ」と言った。

「え」と道重が答えた。

「ぶぎゃッ!!」と言って道重が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
白目を剥いて口から泡を噴いている。

背後から須藤の全体重を掛けた手刀が脳天を直撃していたのだった。
「戦争なんだろ?夏焼。卑怯も糞もない」そう言って須藤が笑った。
「ああ、その通りさ。須藤くん」夏焼が声を上げて笑った。


頂上決戦後編 十六


夏焼が道重のそばに寄り、道重の胸ポケットに入っていた薄桃色のハンカチーフで口の泡を拭った。
落ちていた薔薇の花を両手で胸に抱えるポーズにする。白目はそのままにしておいた。
「何やってんだ?」不思議そうに須藤が聞く。
「後から来る熊井くんが見たら、どう思うかなあと思ってね。くっくっく」

「おまえはホント熊井で遊ぶの好きだなあ・・・」
呆れたように笑う須藤がキッと向き直り
「行くぞ夏焼。菅谷と徳永が俺達を待ってる!」
「ああ。」

二人は駆け出す。目の前に不気味な校舎がそびえ立っていた。


頂上決戦後編 十七


すっかり日の暮れた商店街通りの入り口に、街灯に照らされた二人の長身の男のシルエットが伸びていた。

「ここが通称『モー商通り』だよ、熊井くん。何だか奥の方から不気味な呻き声が聞こえてるケド何だろねぇ?」
わざとおどろおどろしく矢島が言う。

「怖いのか?」
「いや全然」どこかで見たやりとりだった。その時と同じように矢島がどうしてそんな事聞くの?
と、言わんばかりの表情で首を傾げて熊井を見つめている。

熊井のゲンコツがスカッた。
華麗なフットワークを使って熊井のゲンコツを躱した矢島が「ニヒヒ」と笑った。

「む」と呟いた熊井の体勢が、少し変わるのを矢島が気付いた。
「わあッ!!待って!待って!く・熊井君、蹴りはダメ!それはやめて!!」
と言って、「ハイ」と頭を差し出してきた。

「最初っからそうしとけ」と言って少し強めにゴツンと頭を叩く。
「痛い!」

「痛いよォ熊井君ww」その言い方が誰かに似てる気がしてまた殴られた。「痛い!ひー」

「ふざけてられるのはここまでだ。行くぞ、矢島。俺ら、のダチ公が待ってる。」
頭をさすっていた矢島が顔を上げる。
「うん。」と返事をする矢島の表情は、試合に臨む前のそれになっていた。

二人は駆け出す。「みんな・・・無事でいてくれ」矢島が祈るように呟いた。


頂上決戦後編 十八


すぐに二人は呻き声の大元にたどり着いた。

数十人の男達が商店街通りのあちこちに散らばり呻き声をあげている。
モー商の制服を着た連中は全員意識を失ってのびているようだ。あちこちに血反吐のあとがある。

「熊井・・・」シャッターにもたれ掛かるようにして座り込んでいた、血だらけの男が熊井の名を呼んだ。
ベリ高の制服を着ているが、熊井の記憶にはない男だった。

矢島が男に「大丈夫ですか?これ使って下さい」と言って自分のハンカチを渡そうとしている。
そのハンカチには目もくれず、熊井の方だけを見据えた男が、
「須藤と夏焼は無傷で通してやったぜ・・・熊井、あとは頼む・・・悔しいが俺らじゃこれが限界だ」

熊井もまた、その男の方を見ようともせずに商店街通りの向こう、モー商の方を指さして言う。
「向こうから敵が来ることはもう、絶対に無い。 ―安心して引き上げていいぞ」
熊井が初めて男の方を向き、「アリガトよ」と優しい笑顔を浮かべた。

「行くぞ、矢島」
「あ、うん。・・・失礼します!」と頭を下げて熊井に続く。

「や・・矢島って、あのキュー学の・・・はは、実際すげー野郎だよ熊井、お前って奴は・・・」
そう言って男は矢島が置いていったハンカチを握りしめた。

その男は以前、熊井に蹴り飛ばされたベリ高の元番長だった。


頂上決戦後編 十九


矢島に「早く来い!」とは言ったものの矢島の足は恐ろしく速い。
たちまち矢島が先行し数メートル先を走って行く。

その矢島が立ち止まり、「わあ!!」と声を上げて戻って来た。
熊井の腕に捕まり、後ろに隠れるようにして「く、熊井君、何か変なのがいる!」と怯えた声を出す。

夏焼の罠に引っ掛かったのは矢島だった。

「な、何だろうねコレ?」と怯える矢島を尻目に、熊井が道重を覗き込む。
「夏焼の野郎、や・やるじゃねーか・・・これはちょっとビビるぜ流石に・・・」
不安そうに2人は白目を剥いたままの道重を遠巻きに観察した後、
熊井が「ふん」と鼻を鳴らし
「・・・だが、無事にモー商に乗り込んだらしいな。」

目の前にそびえ立つモー商の校舎をギラリと睨んで熊井が言う。
「ここからが、いよいよ本番だ。抜かるんじゃねーぞ矢島!」

「合点でい!」熊井に合わせたつもりの矢島が鼻をぷーんとした。



    「痛い!!」

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最終更新:2011年03月21日 20:26