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第二部


 翌日。早速、バンド活動の進め方、目標、演奏曲などを決めようということで、ミーティングが行われた。
夏焼が例のギターを見てみたいと言ったので、愛理の家で集まることになった。
 菅谷と夏焼が駅で待ち合わせて、2人で愛理の家に向かった。

「どうぞー」
「「おじゃましまーす」」
 愛理の部屋に着くと、早速夏焼がギターを見てみることになった。
「これです」
「おお、これは……」
「すごく良いものなんだって。古そうなギターだけど、何かわかる?」
 菅谷の声を聞き流しながら、夏焼はギターの各箇所を丹念に確認していった。
「これはオールドのグレコだね。たぶん70年代の初めの方のやつ」
「グレコ?」
「グレコっていうのは日本の楽器メーカー。エレキギターって一般的にはまあギブソンとかフェンダー
 とかが人気があるんだけど、グレコとかトーカイとかの国産オールドギター は作りがしっかりしてて
 音が良いって言われてて、マニアには根強い人気があるんだ」
「へ~」
「けどこのギター、形はレスポールだけど…珍しいな、ボディがセミホロウになってる。サウンドホール
 の形も特徴的だね。この形どこかで見たことがあるような気もするんだけど……」
「こういうのってかなり高いんでしょ?」
「う~ん…これはそうでもないかな…。何百万とかするのは、ギブソンとかフェンダーとか…海外の
 一流メーカーのビンテージだよね。復刻版とか、現行の物でも高いやつは何十万とかするんだけど、
 これはたぶん五万~十万円ぐらいが相場かなぁ」
「へ~」
「まあ、高ければ音が良いってわけじゃないし、こういうもう中古でしか手に入らないギターは、本当に
 ほしい人なら場合によってはいくらでも出すんだろうけど」
「ふ~ん」
 一通りギターを見た後に夏焼が言った。
「ちょっと弾いてみていいかな?」
「はい、どうぞ」
ポーンポーン…
 夏焼は慣れた手つきでチューニングを合わせた。
「よし」

♪~♪~♪♪~♪ ♪ ♪~~
「(わ!すごい!)」
「(うめえ!かっけー!)」
♪♪♪~♪♪~♪ ♪♪~♪ ♪ ~♪~♪♪~ ♪~♪ ♪~♪~~
 夏焼のギタープレイは高校生のレベルを遥かに超えていた。リズムが非常に安定していて、しかも
機械的ではない、グルーヴィーでアーティキュレーションが豊かなプレイだった。また、即興で弾いて
いるのにも関わらず、展開がドラマティックで聴く者を飽きさせない演奏だった。菅谷と愛理には、
夏焼がいとも簡単に弾いているように見えたが、実際はかなり難しい技術を織り交ぜながら弾いて
いた。知的なコードワーク、柔らかく優しい音色、時折見せる激しく力強いピッキングには、夏焼の
人間性までもが滲み出ていた。

「ふぅ」
パチパチパチパチパチ
「夏焼くん本当に上手いんですね!」
「ね。俺もギターのことよくわからないけど、すげーかっこいいと思ったよ!」
「ありがとう。でもこのギター、古いけど本当に良いギターだね。しっっかり鳴ってる感じがするし、
 ネックとかの状態も良くて弾き易い。チューニングも安定してるし。あとは、電気系統が大丈夫か
 どうかだけど、表に見える部分は全然サビてないし大丈夫じゃないかな。早くアンプから出した
 音を聴いてみたいな」
 菅谷と愛理は、夏焼の演奏に素直に感動していた。上手いとは聞いていたが、これほど上手いとは
思っていなかった。
 一方夏焼は、愛理がおじいさんからもらったギター自体に心から感動していた。今までギターは
何本も弾いてきたが、その中でも第一印象は一番良いかもしれない。夏焼はそう感じていた。

「ところでさ、」夏焼が愛理に言った。「演奏する曲はどんなのがいいかな?やっぱりおじいさんが
 好きそうな曲がいいと思うんだけど…」
「おじいちゃんが好きな曲……。あ!それならTφmahawk!がいいと思います!」
「とまほーく?」と、菅谷。
「Tφmahawk!か。いいよねTφmahawk!。僕も大好きだよ。あ、そうか。このギターTφmahawk!の
 ギタリストが使ってたモデルだ。どっかで見たことあると思ったんだよね。Tφmahawk!はちょうど
 3ピースのバンドだから、コピーするのにもちょうどいいね」
「おじいちゃんTφmahawk!の大ファンで、前はギターで弾いたりもしてたんです。あと、亡くなった
 おばあちゃんもTφmahawk!のファンで、昔は2人でコンサートにも行ってたらしいです」
「夏焼くん、“とまほーく”って?」
「Tφmahawk!は70年代初頭に活躍した日本のロックバンド。セールス的には恵まれなくて、
 一般的な認知度はあまり無いんだけど、ロックというジャンルを日本に根付かせたバンドの1つ
 なんだ。音楽性は今でも高く評価されてるし、後世のアーティストに与えた影響も大きいと言われ
 てて、リスペクトしてるミュージシャンも多いらしいよ。解散して大分経った今でも、熱狂的なファンが
 いるしね。バンドの名前は知らなくても、このフレーズは聞いたことあるんじゃないかな?」と言って、
夏焼はギターを弾き出した。
 ♪~♪♪ ♪~♪♪ ♪~♪♪ ロッタラ ロッタラ ロッタラ♪♪
「あ!聞いたことある!それTφmahawk!の曲だったんだ。かっこいいね」
 菅谷もTφmahawk!の曲を気に入ったようだ。
「じゃあ、曲はTφmahawk!のコピーをやるってことでいいかな?」
「「さんせーい」」愛理と菅谷が声を合わせて言った。

「鈴木さん、おじいさんは具体的にTφmahawk!のどの曲が好きとかわかる?」
「あ、そこまではちょっと……」
「うーん……じゃあ僕が適当に選んでいいかな?」
「はい、お願いします」
「よし。じゃあ曲はTφmahawk!のコピーをやるとして、あとはどういう形でおじいさんに演奏を聴いて
 もらうかだね」
「どういう形って?」
「いつ、どこで聴いてもらうかってこと。まあ目的が目的だから、生演奏は大前提として…おじいさんに
 聴いてもらうだけなら、別にこの家で演ってもいいわけだし。ただその場合、音量は絞らないと
 いけないから、菅谷くんにはドラムというより、簡易的なパーカッションみたいなのをやってもらう
 ことになるけど…」
「僕は別にそれでもいいけど。むしろそっちの方が…」
「もしくは、やっぱりエレキギターだしロックバンドのコピーをやるわけだから、大音量でライブハウス
 とかでって考え方もあるし……」
「ラ、ライブハウス…あばばばばばばばばばばば……」
 狼狽する菅谷を余所に、愛理が言った。
「あの、実はわたしそれについてちょっと考えてたんですけど…、秋に学校で文化祭あるじゃない
 ですか。うちの学校の文化祭は、体育館ステージでの発表を希望する人は、事前にエントリー
 すれば部活とかに入ってなくても、出れるらしいんです。しかも、その日はちょうどおじいちゃんと
 亡くなったおばあちゃんの結婚記念日なんです。だからそこでできないかなって…」
「キュー学の文化祭かー。なんか話が大きくなってきたねw でもそれならおじいさんも来やすいし、
 盛り上がりそう。夏焼くんどうかな?」
「うん。いいと思うよ。それって持ち時間は一組何分とか決まってるのかな?」
「確かセッティングとか込みで30分だったと思います」
「てことは5、6曲は要るな…。まあ今のうちからちゃんと練習すれば、秋までには間に合うと思うけど…、
 菅谷くんちょっとだけテストしていい?」
「テスト?」
「今の時点でどのくらいリズム感が有るか知りたいんだよね」
「ふーん。で、何やるの?」
「まあ、大したことじゃないんだけどね。…まずそこに座ってもらえるかな」

 夏焼は、床の上のクッションに座っていた菅谷をイスに座らせ、自分も同じようにイスに座った。
「僕がやるのと同じことをやってほしいんだ。で、鈴木さんにもちょっと協力してほしいんだけど」
「はい」
「ゆっくりでいいんで、一定のリズムで手を叩いてもらえるかな。これぐらいのテンポで」 パン パン パン…
「こう?」 パン パン パン…
「オッケー。そのまま続けてて。菅谷くん、これに合わせて右手で膝を叩いて」
「右手で膝…こう?」ポン ポン ポン…
「そうそう。これは誰でもできるよね。次はこれの倍で叩ける?鈴木さんが1回叩く間に2回。
 こんな感じ」 ポンポンポンポンポンポンポン…
「こう?」 ポンポンポンポンポンポンポン…
「オッケー。じゃあ次は右手はそのまま叩きながら、左手で鈴木さんと同じテンポで」 パンポンパンポンパンポン…
「こうかな?」 パンポンパンポンパンポン…
「いいね。次は右手はやっぱりそのままで、左手は鈴木さんの裏で叩く」
「裏?」
「今鈴木さんが叩いてるのを“表”と捉えて、その間で叩くの」 ポンパンポンパンポンパン…
「そういうことか。こうね」 ポンパンポンパンポンパン…
「そうそう、いいね。で、次はこれに右足を加える。鈴木さんと同じタイミングで右足を踏む。
 右足と左手が交互になるんだ」 ドンパンドンパンドンパン…
「こうか」 ドンパンドンパンドンパン…
「うん、オッケー。じゃ、次は足は無しでいいので、鈴木さんが1回叩く間に両手を使って膝を3回叩く。
 最初は右・左・右で、次は左から左・右・左って逆になるんだ」 タカタ タカタ タカタ タカタ
「なるほど……、こうかな」 タカタ タカタ タカタ タカタ

 菅谷は夏焼が課した全てのテストを難無くこなしていった。
「オッケー。大丈夫。いけるいける」
「え? もうこれでいいの?」
「うん。まあ今のはすごい基本的なリズム感をテストしただけなんだけど、今のがすぐにできない人も
 たまにいるんだ。そういう人にドラム教えるのはちょっと時間がかかるんだけど、菅谷くんは大丈夫。
 これなら本番までには充分間に合うと思うよ」

 夏焼と菅谷のやり取りを横で見ていた愛理が、不安な顔で切り出した。
「あの、わたしは…ギターは大丈夫ですかね……」
「うーん、まあギターは場合によってはアレンジとかで逃げようがあるし。たぶん大丈夫だよ」
 愛理は夏焼に大丈夫と言われてもまだ不安だった。それは、ギターともう一つ気になっていたことが
あったからだった。
「あ、あの…」愛理が夏焼に尋ねた。「ボーカルはどうするんですか?」
「え?メインボーカルはもちろん鈴木さんでしょ」
「やっぱり、ですよね…。 それってギター弾きながら歌うってことですよね? すごく難しそうなんです
 けど……」
「大丈夫大丈夫。ギターのアレンジを適度に簡単にするから。あと、僕と菅谷くんにも歌を割り振るし。
 あ、そうだ。鈴木さんの声の音域の確認していいかな?」
「はい……」

 そのあと、夏焼が愛理の声域の確認をし、3人で練習ペースや練習場所を話し合って決め、その日は
お開きになった。
 実際のところ、愛理は歌はかなり上手く、ボーカルの練習はほとんど特には必要が無いほどだった。
愛理自身も歌にはそれなりに自信があった。
 しかし、ギターはどうしても不安だった。しかもボーカルも兼ねるということで、尚更不安になっていた
のだった。


 それから3人の猛練習が始まった。“3人の”とは言っても、夏焼はテクニックに関しては全く問題が
なく、曲を憶えるだけだったので、実際本当に練習が必要なのは菅谷と愛理の2人だけだった。なので、
バンドでの練習中はほとんど夏焼が2人に一方的に教える形になった。


 練習初日、3人は早速スタジオを借りて練習をしていた。いきなりスタジオに入ったのは、夏焼が
早く2人に、実際の音を体感してほしかったのと、楽器や機材に慣れてほしかったからだ。

 夏焼はまず、愛理にアンプのセッティングから教えた。
「えっと、まず電源コードが裏にあるんで、これをコンセントに挿して…」
 続いて、電源スイッチ、スタンドバイスイッチ、TREBLE、BASSなどのEQつまみ等を簡単に説明。
「このGAINっていうので歪みの量を調節するんだけど…」
「歪み?」
「あの所謂ロックっぽい濁った音っていうか…ほらこれを上げていくと…」ペンペンペンベンベンベンベベベベ…
「おお!ロックだw」
「でもこれは、特に最初のうちはあんまり上げ過ぎない方がいい。あんまり歪んでると自分がちゃんと
 弾けてるか分かりにくくなっちゃうんだ」
「へ~」
「セッティングはいろいろ奥が深いんだけど、今日はとりあえずこんなもんで。次にギターのチューニング
 をしよう」
 夏焼は、初心者の愛理にも簡単にできるように、チューナーを使って、最もオーソドックスなレギュラー
チューニングを教えた。
「よし。これでチューニングもOK。じゃあ、早速練習を始めよう」
「お願いしまーす」
「今日はとりあえず、簡単に楽しめるパワーコードっていうのを覚えよう。パワーコードは簡単なんだけど
 ロックではとてもよく使われるコードで、Tφmahawk!の曲でもよく出てくるんだ。こういうやつ」
 ♪~♪~♪♪♪♪ ♪~♪~♪♪♪♪
「かっこいい。ロックっぽい」
「まず右手ね。ピックはこう軽ーく握って……」
 コードストローク時の、右手の使い方、続いて左手の使い方を教えていく夏焼。
「…で、小指は4弦の同じとこ」
「こう?」
「そうそう。それで鳴らしてみて」
 ♪♪~~
「オッケー。で、その形のまま次ここにズラす」
「えっと…ここか」
「そうそう。で、次は…………」
「こうか」
「そう。で、またここに戻る。これを続けてやると…」
 ♪ ♪♪~♪♪♪ ♪ ♪♪~♪♪♪ ♪ ♪♪~♪♪♪♪~~
「おお、かっこいい」
「やってみて。ゆっくりでいいから、なるべく一定のリズムで」
 ♪~~~ ♪~~~ ♪~~~ ♪~~~ ♪~~~
「そうそう。そんな感じ」
 ♪~♪~ ♪~♪~ ♪~♪~ ♪~♪~ ♪~♪~
「おお、いい感じいい感じ」
「鈴木さんカッケー!」
「ケッケッケw」
 愛理はギターを弾くことを純粋に楽しんでいた。楽しんで練習している間、ギターへの不安は
忘れていた。その演奏は技術的には稚拙だったが、素直で良い演奏だった。

 次に夏焼は、菅谷にドラムの基本的なセッティングやフォームや奏法を教えた。
「まずはセッティングだね。自分の身体に合うように、各タイコとシンバル類の高さと角度を調節しな
 いといけない…と、その前に、まずはイスだね。自分が座ってる位置と高さが基準になってくるわけ
 だから」
「なるほど…」
「高さは、座ってみて腿がほぼ水平で、微妙に踵が浮くぐらいな感じ。これを回してと…」
「こんなもんかな」
「そうだね。じゃあ次はバスドラム……」
 夏焼はバスドラム、スネアドラム、ハイハット……と、一つずつ丁寧にセッティングを整えていった。
「……セッティングはこんな感じかな。まあ、あとは自分でやりながら、イイ感じになるように調整して」
「わかった」
 続いて、姿勢、スティックの扱い方、腕の足の動かし方など、実際の叩き方を教えた。
「基本的には……」
「ふむふむ」
「軽く握って……」
「ほうほう」
「足は……」
「なるほどー」
「あとはこれの組み合わせなんだけど、今日はとりあえず……」
 夏焼は菅谷に、8ビートの基本的なパターンを教えた。
 まず夏焼がやって見せた。
 ドンツッタンツ ドンドンタンツ♪~~

「おおっ!」

 ドンツッタンツー ♪
 夏焼が叩いたのは極めてシンプルなパターンの8ビートだった。しかし、強弱の付け方や間の
取り方が絶妙で、極上のグルーヴが生まれていた。タイコの音自体も、豊かで良く鳴っていた。
「まあこんな感じなんだけど、菅谷くんならすぐできるよ。まず右手はね……」
 菅谷はとりあえず教えられた通りにやってみた。

 ドンツッタンツ ドンドンタンツ ♪~~

「できてるできてるw」
「菅谷くんかっこいい」

「ドラムおもしれーw」


「じゃあちょっと3人で合わせてみようか。菅谷くんは今の8ビート叩いて。鈴木さんはそれに
 合わせてさっきのコード弾いてみて。僕はそれに合わせて適当にアドリブで弾くんで」

 ♪~♪♪♪♪~♪♪ ♪~~

 3人はみっちり2時間の練習を終え、スタジオを出た。菅谷と愛理は、初めてスタジオで大きな音を
出して演奏したことに興奮していた。そんな2人を見ながら、夏焼は2人が演奏を楽しんでくれたことを
嬉しく思い、微笑みを浮かべていた。


 スタジオでの練習後、3人は場所を愛理の家に移してミーティングを行なうことにした。

「はい、これ」夏焼が2人にCD-Rを手渡した。「ライブでやる曲選んだんだ」
 愛理が渡されたCDケースの裏のインデックスを見て言った。
「1曲目だけ3バージョン入ってるんですね」
「そう。Tφmahawk!のオリジナルの音源と、僕がアレンジしたやつと、それのマイナスワン」
「マイナスワンってなに?」菅谷が夏焼に尋ねた。
「マイナスワンっていうのはね、フルパート入ってるトラックから一つのパートだけ抜いてあるもの
 のことを言うんだ。言わば、楽器のカラオケだよね。菅谷くんに渡したやつはドラムが抜いて
 あって、鈴木さんのやつはギターを抜いてあるんだ」
「なるほど。そのマイナスワンがあれば、それに合わせて個人練習ができるってことですね」
「そういうこと。じゃあ、ちょっとみんなでオリジナル音源を聴いてみよう。まずこの曲は…――――」

 ♪♪~♪ ♪ ♪~~♪♪♪~♪~♪♪ ♪~♪♪~♪ ♪♪~♪~~
 夏焼が適宜解説を入れながら、3人でTφmahawk!の曲を聴いた。

「最初はとりあえずオリジナル音源を何度も聴いて、どんな曲か…曲の雰囲気を掴んでほしいのと、
 曲の構成と歌メロを憶えてほしい。それから、それぞれ担当楽器の音にも注意して聴いみて。
 なんとなくでいいから、どんな感じで演奏してるかっていうニュアンスと、バンドアンサンブルの
 中での自分の楽器の響き方、役割みたいなものを感じ取るんだ」
「なんか難しそうだね……」
「ね……」
「大丈夫。僕がポイントを教えるから、とにかく何回もよく聴くんだ。自分が弾けるようになれば、
 自然といろいろ分かってくると思うし。まあ、初めのうちは何も考えずに楽しんで聴けばいいよ」
「わかった。とりあえずよく聴いてみる」と、菅谷。愛理もうなずいて同意した。
 2人とも既に夏焼のことを全面的に信頼していた。それは2人が素直な性格だったせいもあるが、
夏焼の、音楽への造詣の深さと演奏レベルの高さを、2人が実感していたせいでもあった。
「よし、じゃあ次は僕がアレンジしたやつを聴いてみて」

 ♪♪~~ ♪ ♪~~♪♪♪~♪~~♪ ♪~~♪~♪ ♪♪~♪~~
 夏焼がアレンジした音源を聴いた。夏焼のアレンジは、先ほど聴いたTφmahawk!の原曲の良さを
なるべく失わないように、尚且つギターとドラムのパートは初心者でも取り組めるぐらいのレベルに、
絶妙にアレンジしてあった。夏焼はこの年にして、編曲やミキシングにも長けていた。

「すごっ……」
「すごい……。これ全部夏焼くん1人で作ったんですか?」
「うん、まあね。最近はパソコンのソフトで簡単に編集したりできるんだよ。ギターとベースは
 僕が弾いてて、ドラムは打ち込み。ボーカルは僕が歌ったあとにピッチをいじってるんだ」
 ただただ驚くばかりの菅谷と愛理。
 続いて夏焼は、鞄から数枚の紙を取り出し、菅谷と愛理に手渡した。
「あとこれ。タブ譜」
「「たぶふ?」」
「タブ譜っていうのはね、楽譜なんだけど、初心者でも簡単に読めるようになってるものなんだ。
 ギターのタブ譜は、この6本の線がギターの6本の弦を表してて、この数字は押さえるフレットを
 表してるの。ドラムのタブ譜は、5本線のおたまじゃくしの位置で何を叩くかが表されてるんだ。
 まあ、細かい部分は徐々に教えていくから、わかんないとこあったら言ってね。今日はとりあえず
 1曲しか用意できなかったんで、他のはできたらすぐ渡すから」

 そのあと夏焼が菅谷と愛理に、個人練習の仕方、ポイント、次までの課題等を伝えた。夏焼は
「わかんないことあったらどんどん聞いてね」と言って、愛理とアドレスの交換もした。
 そして次回のバンド練習の日を決め、その日は解散となった。


 愛理と菅谷は夏焼の教えに従い、それぞれ熱心に個人練習に励んだ。練習はスムーズに進んだ。
夏焼による適切な指導と、音源とタブ譜が早々と用意されていたことが効いていた。


 後日、またスタジオでのバンド練習が行われていた。

…ドンバンドドバン ジャーン ♪

「どうかな?」
 菅谷が自分の演奏を夏焼に診てもらっている。
「菅谷くん、もっと力抜いた方がいいね」
「でも、力抜いたら弱くしか叩けなくない?」
「スティックを振り出すときは勿論力がいるんだけど、ヘッドに当たるときには力が抜けている感じ。
 そうすると撥ね返りの反動が活かせるから、もっと楽に速く叩けるし、音抜けも良くなるんだ」
「へ~」
「こうじゃなくて」 バン バン 「こんな感じ」 タンッタンッ
「こうかな」 トン トン
「そうそう」

 ペンッ ペペン

「んー、上手くいかない…」
「鈴木さんもう少し指を立てて」
「指を立てる?」
 コードストロークに苦戦している愛理に、夏焼が声をかけた。
「指がこう寝ちゃってるから押さえてない弦にも触れちゃって、音がきれいに出てないんだ」
「こういう感じ」と言いながら、愛理の手を動かしてフォームを正す夏焼。
「結構窮屈だね」
「まあこれは慣れてもらうしかないねw」

「じゃあさっきの曲また頭から合わせてみよっか」

 ♪~ ♪♪♪~♪ ♪ ~♪♪♪~♪ ♪♪~♪ ♪~♪♪~~

 菅谷も愛理も練習に集中していた。一つ一つの課題を乗り越えることに一所懸命になっていた。
2人の演奏にはひたむきに頑張る感じがよく表れていた。


 夏焼は楽器の演奏が上手いだけでなく、教え方が非常に的確であった。基本的には褒めて伸ばし、
「でも、もう少しここをこうすると、もっと良くなるよ」と、直すべき箇所はしっかりと指摘した。
 さらに、それぞれの悪い癖なんかをちゃんと見ていて、そこへの意識を促したり、各々が1人で練習
するときの注意点なども伝えていた。
 また、単純に曲のコピーをするだけでなく、演奏の基礎となる部分をしっかり教え込んだ。人体の
構造を熟知している夏焼は、演奏における体の各部の使い方・動かし方を教えることが得意だった。
 さらに夏焼は、音楽理論にも精通していて、リズム、トーン、スケール、和音など、理論に関すること
も徐々に分かり易く2人に説明していった。

 そしてそれとともに、夏焼がいつも強調したのが、「音楽を楽しむこと」だった。自ら積極的に音楽を
楽しむことで、厳しい練習でも乗り越えられ、良い演奏ができ、聴いてる人を楽しませることもできる。
と、夏焼は考えていた。
 菅谷は元々素質があったのか、日を追うごとにみるみる上達し、愛理も苦戦しながらも着実に上達
していった。上手くなっていくにつれて、2人とも演奏することがどんどん楽しくなっていった。そして
楽しくなると、自ずとさらに練習に力が入るようになっていった。


 全てが順調に進んでいた。

 8月中旬某日。スタジオでの練習後、3人は休憩スペースで談笑していた。
「―――でもこのギター本当に良い音するね。ちょっとクセはあるけど音自体はすごく良い。僕に売って
 ほしいぐらいw」
「絶対だめーw」
 そんな他愛ない会話の中、不意に愛理が真剣な表情になり言った。
「 あのね、ちょっと真面目な話…。私最近思ったんだけど…、このギター、おじいちゃんが大好きな
 Tφmahawk!のギターの人が使ってたのと同じモデルなんでしょ? その大事なギターを私にくれた
 っていうのは、やっぱり“ひき継いでほしい”みたいな思いが強かったんじゃないかな。単純に、
 自分がやってた楽器を孫にもやらせたいってだけじゃなくて、良い物を良い音楽を後世に伝えたい
 みたいな…」 
「うんうん」
「…だから私もそういう思いを受け止めて、しっかりひき継がないといけないなって…。そのためにも、
 私もっともっとギター上手くなって、絶対ライブを成功させたいんだ」
「鈴木さん…」
「うん。本当に僕もそう思うよ」
 “おじいちゃんが少しでも元気になってくれれば”という思いからギターを始め、なんとなく楽しいと
思いながら練習を続けてきた愛理だったが、そのうちに、もらったギターの重みやその背後にある
歴史や伝統といったものを意識するようになっていた。また、それらをさらに広めたい、伝えたいと
思うようにもなっていた。
 愛理の熱意の篭った話に菅谷と夏焼の2人も深く共感し、バンドの結束がより一層強まることに
なった。

「でもさ、文化祭の日がちょうどおじいさんたちの結婚記念日ってすごいね。なんか運命的っていうか…」
「“夏”焼くんが“夏”に生まれたっていうのも運命的だけどねw」
「へー。夏焼くん誕生日いつなんですか?」


 8月25日。夏休みも終わりに近いこの日、3人はスタジオではなく鈴木家に集まっていた。
 この日は夏焼の誕生日だった。それを菅谷が覚えていて、誕生日会を開こうということになった。
そして愛理が「その日うちの家みんな出かけてて誰もいないから、うちでやろう」と提案し、鈴木家の
リビングで誕生日会が催されることになったのだった。

「お待たせ~」
 先にテーブルに着いていた夏焼と菅谷のもとへ、愛理が紅茶を淹れて持ってきた。そして買ってきた
ケーキにロウソクを立てようとした。
 そのとき、ガチャッと玄関のドアが開く音が…。

「あれ?誰だろ?」

 誰かが家に入ってくる足音がする。ゆっくりとした静かな足音だ。足音は3人のいるリビングに段々と
近づいてきた。そして、リビングのドアが開いた。

「あ、おじいちゃん!」

「おお、愛理。お母さんはおらんのか?」

「出かけてる。今友達のお誕生日会やってるんだ」
「「おじゃましてまーす」」

「ほっほっほ。ごゆっくり」

 夏焼は勿論のこと、愛理の家に何度も来ている菅谷も、愛理の爺さんに会うのは初めてだった。
 愛理の爺さんは、パッと見は“わりとどこにでもいるようなお爺さん”という感じだった。
 体つきは、若干小柄でやや腰が曲がっていて、髪は、頭頂部のみが河童のように禿げ上がっていた。
 服は、上が半袖のポロシャツで、下は細めのパンツを履いている。色の取り合わせが、意図的か否か、
若者のトレンドが取り入れられていて、またそれがよく似合っていた。
 一つ特徴的なのは、顔の表情。ほぼ常時ニコニコしていて、とても優しそう顔立ちなのだが、垂れ下
がった目尻が、微笑んでいるようにも、沈んでいるようにも見えるのだった。

「おじいちゃん、お母さんに何か用事?」
「おお、そうじゃった。これ、うちの庭で採れた野菜じゃ。分けてやろうと思ってな」
「ありがとう。冷蔵庫に入れとく」
 爺さんは愛理に野菜を手渡したあと、テーブルの上のケーキに気がついて言った。
「愛理」
「なに?」
「ほれ。ケーキ代じゃ」
 財布からお札を取り出し、愛理に渡そうとする爺さん。
「いいよー。この前もお小遣いくれたじゃん」
「どうせ冥土にお金は持っていけんしな…」
「おじいちゃんそういうこと言わないの」
 孫を可愛がる祖父と、祖父を気遣う孫。短いやりとりの中に、爺さんと愛理の関係性がよく表れて
いた。

「あ、そうだ! おじいちゃんギター弾いてよ! ハッピーバースデーまだ歌ってないんだ」
「おお、いいぞ。ほっほっほ」
 愛理が自分の部屋からギターを持って来て、爺さんに手渡した。
「ほう…。キーはどうする?」
「てきとーでいいよw 歌う方が合わせるよw」愛理はそう言いながらロウソクに火を点けた。
「そうか。じゃあ、♪ハッピ♪バースデー♪トゥ♪ユー♪って感じでな。 さん、はい」

  ♪ハッピ♪バースデー♪トゥ♪ユー♪~―――――――――

 愛理の爺さんのギターに合わせてみんなで歌った。
 シンプルなコードストロークに、絶妙にオブリを絡めた爺さんのギタープレイ。そのプレイは、
キャリアを感じさせる、安定した、円熟味のあるプレイだった。

  ♪ディア夏焼くーん♪♪ ♪ハッピ♪バースデー♪トゥ♪ユー♪♪♪パチパチパチ

フーーーッ
 夏焼がロウソクの火を吹き消した。
「夏焼くんおめでとう!」 パチパチパチ
「おめでとう!」 パチパチパチ
「ありがとう!こんな風にお祝いしてもらったの久しぶりかもw おじいさんギターすごく上手ですね」
「そうかね。ほっほっほ。じゃあわしはそろそろ帰ろうかの。愛理、お母さんによろしくな」
「うん。ばいばい」
 愛理は手を振り、夏焼と菅谷は頭を軽く下げ、爺さんを見送った。
「おじいさんのギターさすがだね。ちょっと弾いただけなのにすごく伝わってきたよ」
「うん。それに優しくて、いい人だった。でも…」
「なんかちょっと元気がないっていうか…寂しそうだったね…」
「やっぱりそう思う?」
 2人は同時にうなずいた。

 菅谷と夏焼は、愛理の爺さんに初めて会ってみて、“おじいさんに何かしてあげたい”という
愛理の気持ちが、心で理解できた気がした。
 また愛理も改めて、爺さんを元気づけてあげたいと思ったのだった。

 そして3人は夏休みの間、その後もみっちり練習を重ね、充実した日々を過ごした。