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第三部(後)」(2014/02/19 (水) 22:06:53) の最新版変更点

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岡井「てーへんだ!てーへんだー!!ベリ高のやつらが来てるぞ!」 矢島「え?ベリ高? 熊井くん? 熊井くんが来てるの?」 中島「なに? 熊井が来てるなりか?」 岡井「熊井は来てねーよ。夏焼と菅谷と、嗣永とかいうちっちぇーやつ」 矢島「なんだー、熊井くんは来てないのかぁ。残念だなあ……」 中島「熊井が来たら俺がボッコボコにしてやんのになー。けどなんでベリ高のやつらがうちの学校に     来てるなりか?」 岡井「ほら、愛理が最近ギターやってるじゃん。ベリ高のやつらとバンド組んだんだってよ…」 中島「へー、ちょっと冷やかしに行ってみるなりかw」 萩原「やめとけ。くだらねえちょっかい出すんじゃねえ」  ♪♪~~♪~♪~ ♪ ♪~♪~~♪~♪ ~ ♪ ♪~~  放課後のキュート学園。一教室からバンド演奏の音が鳴り響いている。音漏れ対策としてドアも窓も 閉め切られてはいるが、防音室ではないので教室の外にも結構なボリュームの音が漏れていた。  中では、夏焼、愛理、嗣永の3人が真剣に練習していた。菅谷も3人の演奏を客観的に聴いて、 より改善できそうなところを探していた。  スタジオを借りて練習するにはお金が掛かる。ゆえに、高校生が月に何度もスタジオに入るのは 難しい。  愛理がキュート学園の先生に、空き教室の使用と、他校の生徒を招いての合同練習ができるかを 訊いてみたらOKが出た。  ドラムとアンプも曜日によっては、軽音楽部が貸してくれるとのことだった。  ♪~♪ ♪~♪♪♪~~~ ♪ ~ ♪ ♪~~~♪~♪~~  機材を貸してくれた軽音楽部のメンバーが、愛理たちが練習している教室の前を通りかかった。 立ち止まり、教室から漏れてくる音を聞いている。 「中でやってるの愛理のバンドだよね。本当にギターやってるんだね」 「ね。愛理がバンドでギター弾いてるって聞いて驚いたよね」 「ちょっと覗いてみよっか」  ドアの小窓から中を覗く。 ティロリロリロ ギュイーーーン ♪ 「な…なかなかやるじゃん…」 ボッベン ボボベン ボベン ボベンボボ ♪ 「ちょっと! あのベースの人むっちゃ上手くない!?」 「ホントだ!すごっ!」 「しかもめちゃめちゃかっこいいじゃん!!」キャーキャー 「――――――――――」ワ-ワ- 「――――――――――――――」ジュンジュワ- 「ドラムの子かわいいw」 「――――――――――――」 「――――――――」 「――――」 ワーワー キャーキャー  その日のうちに、キュート学園に夏焼のファンクラブ「夏焼雅親衛隊」が設立され、翌日から愛理は、 親衛隊から夏焼についての質問攻めに遭うのであった。  数日後。再びキュート学園で練習が行われていた。  その様子を外から覗く夏焼親衛隊。一曲終えるごとに「キャァァーーー!!」パチパチ と騒ぐ。  当の夏焼は気にしていなかったが、3人は気になってイマイチ練習に集中できずにいた。 ガラガラ  ずっと外で騒いでいた親衛隊が、終には中に入ってきた。 「愛理! 中で見せてよ!」 ズイッ  親衛隊の前に菅谷が立ちふさがる。 「ちょっと練習の邪魔なんで出て行ってくれませんか?」 「なに?この人? この人もバンドの人?」 「私この人知ってるー。“インキンの菅谷”っていうんだよ。インキンなんだって」 「えーやだーきたなーい」 「ちょっとどっか行ってよー」 「ふけつー」 「夏焼さんが見えなーい」ブーブー 「ふんぬーーー!!!」 ピシャッ!!  菅谷は親衛隊を教室の外へ追い出し、勢いよくドアを閉めた。そして小窓を紙とテープで塞いで、 見えないようにした。 「さ、練習再開しよう」 「そ、そうだね…」 ガラガラガラ  再びドアが開いた。 「ふんぬー! だから入ってくんじゃ…ん?」 「…す、すいません」  ドアを開けたのは先ほどの夏焼親衛隊ではなく、なで肩で足が短くタレ目でのっぺりとした顔の 女の子であった。 「すーさん!」 「すーさん? 友達?」 「うん。私の親友のすーさん。 すーさん私に何か用事?」 「うん。練習中にごめんね。あのさ、頼んでたあれのことなんだけど…」 「あ、そうだ! すっかり忘れてた!」 「「「?」」」 「あのね、すーさんは文化祭の実行委員をやってるんだけど、プログラムの冊子を作るんだって。 それにバンド名を載せるらしいんだけど、うちらバンド名とか付いてないから、みんなに相談しようと 思って保留にしといてもらってたんだ」 「バンド名か…」 「う~ん……」  しばし考え込む4人。  夏焼が言った。 「やっぱここは鈴木さんが決めた方がいいんじゃない? なんでもいいよ。鈴木さんが付けた名前なら みんな納得するよ」  菅谷と嗣永はうなずいた。 「え? 私が決めていいの? じゃあね~…“放課後抹茶タイム”とかどうかな…?」 「そ、それはちょっと……」 「なんでもいいって言ったじゃーん…」  再び考え込む4人。  嗣永が言った。 「やっぱTφmahawk!にちなんだ名前がいいんじゃない?」  さらに菅谷が続けた。 「漢字にしたらどうかな? かっこよさそう。気合い入ってる感じw」 「漢字ねえ…」  再度考え込む4人。  嗣永が夏焼に尋ねた。 「ねえ、“トマホーク”ってどういう意味なの?」 「トマホークって、インディアンとかが使う斧なんだよね。特に、武器として投げて使われることで 有名なんだ」 「へ~」 「…だからまあ、あえて漢字にしたら、“投斧”とか…もしくは……“舞斧”とか?」 「“舞斧”…ちょっとかっこいいけど…」 「わたしはもう少しかわいくしたいな。アルファベットにするとか――」 「あ、この単語確かフランス語で――」 「おお、いいじゃん、いいじゃん――」 「――――――。――――」 「―――――!」 「―――――」 「決定!」 「すーさん、パート名は載せないでおいてね。おじいちゃんをビックリさせたいから!」 「ホ、ホーモ?」 「ホーモじゃないよ熊井くんw ボーノ。イタリア語で“おいしい”っていう意味なんだって。 それにちなんで練習前とかにみんなで“いただきます!”って気合入れしてるらしいよ。 Tφmahawk!からφと!をもらってBuφno!って書くんだって」 「ふーん」  ベリーズ高校の教室。  清水、熊井、徳永、須藤の4人で話している。 「あ、それでね、今日の放課後鈴木さんがうちの学校に来て練習するんだって」  夏焼がベリ高でも練習できるように、先生に掛け合ったところ、あっさり了承され、 菅谷がベリ高軽音部からアンプやマイクを借りれるよう手筈を整えたのだった。 「みやびが、“人前での演奏に慣れておきたいのと、第三者からの感想も聞いてみたいから、 見に来て”って、言ってるんだ。熊井くんも行かない?」 「俺はやめとくわ。音楽とかわかんねーし。徳永行ってやれよ」 「あー俺パス。今日はマリマリと デ ー ト 。。」 「須藤は?」 「俺は今日は稽古だ」 「…いや、まあ僕1人でもいいんだけどさ。みやびたち本当に頑張ってるみたいだし……あと、あの 嗣永が頑張ってる姿とか見てみたくない!?」  “嗣永”に、熊井がビクッと反応する。 「行ってやれよ熊井~」  徳永がニヤニヤしながら言った。 「…しょ、しょうがねーな。暇つぶしにつきあってやるよ……」  ニヤニヤ   ニヤニヤ  ニヤニヤ  キーンコーンカーンコーン 「じゃあねーばいばーい!」 ダッダッダッ  愛理はその日の授業が終わると急いで帰り支度を整え、走って教室を出て行った。 岡井「愛理のやつ、あんなに急いでどうしたんだ?」 中島「ああ、例のバンドなりよ。なんか今日はベリ高で練習すんだって」 矢島「えー!僕も行きたい行きたい!!」 岡・中「……」 「(意外と早く着いちゃったな…)」  愛理が待ち合わせのためにベリーズ高校の校門の前に立っている。下校するベリーズ高校の 生徒が、その愛理をじろじろと見ながら通り過ぎて行く。  他校の生徒、それも愛理のように不良ではない普通の女の子が、有名不良校であるここベリーズ 高校に来ているというだけで非常に珍しい。そのため愛理はとても目立ってしまっていた。  ベリ高のチャラい不良が、愛理にからんできた。 「君きゃわうぃーねー! どこの高校?ここで何してんの?遊びに行かない?」 「私ここで待ち合わせしてて……」  いやがる愛理。執拗にからむチャラ男。 「いーじゃん。ねーちょっとだけだからさー」  そこへ、チャラ男の後ろから声が… 「おい、そいつは俺の女なんだよ! 手ぇ出すんじゃねえし」  鬼の形相をした菅谷だった。 「す、菅谷くん!君の彼女だったなんて…、本当に知らなかったんだ!ゴメン!」と言って、 チャラ男は走り去った。 「ごめんね鈴木さん。待たせちゃって」 「ううん大丈夫。さ、早く行こ」 「うん」  菅谷は愛理の手を取り、共に校内の練習場所へ向かった。 「おまたせ~」 「あ、鈴木さんいらっしゃーい」  そこでは既に夏焼と嗣永がセッティングを終え、軽く練習を始めていた。  愛理は、見学に来ていた清水と熊井に会釈をすると、素早くセッティングに取り掛かった。 ♪~~~♪♪~♪ ♪~♪~~ ♪ ~ ♪ ~♪~~♪~  嗣永が刻むシンプルなビートに、夏焼がアドリブでフレーズを紡ぎ出し、合わせていく。  その絡み合う演奏がなんだかロックエロティックで、見に来ていた熊井はなんだか無意識に イライラとしていた。  熊井のイライラは暑さのせいでもあった。  ベリ高は一部の教室以外冷暖房が付いていない。もちろんここも例外ではなく、その上完全に 閉め切っているのでサウナ状態になっていた。  汗かきの熊井は特に汗をかいて暑がっていた。 「なんで窓閉め切ってんだよ。開けよーぜ」  立ち上がり、窓を開けようとする熊井。 「だめだよ熊井くん。音が漏れちゃうんだよ。閉めてても結構漏れてるんだ。苦情が来たらここで 練習できなくなっちゃうよ」  菅谷に制された熊井は、ムスっとして再び腰を下ろした。 ♪♪♪~♪ ♪~~♪~♪♪♪~♪~~♪~♪~~♪~♪♪~♪~  練習は熱心に続けられた。  愛理は、汗をかいた背中に制服がひっつき、モロにブラジャーが透けていたが、気にせず練習に 集中していた。  菅谷はそんな愛理をチラチラ盗み見て半勃起していた。  嗣永は体育着のTシャツと短パン姿で練習していた。その額に、首筋に、二の腕に、太ももに、 艶かしい汗が浮かぶ。  熊井はそんな嗣永をチラチラ盗み見て半勃起していた。  そして夏焼は、そんな熊井の様子に気づいていた。 「(クスクスw)」  練習が一段落したところで、夏焼が嗣永に近寄って言った。 「さっきの曲のアウトロさ……」  夏焼が、アクセント・リズムの解釈・音色等、ドラミングの細かい部分を具体的に指導していく。 「そこもう少し裏を強調して…」 「こんな感じ?」 ツタツタンツトコ タッカタカタ 「うん、でももうちょい…ちょっと貸して」 ツタツタンツトコ タッカタカタ 「おお!なるほど!」 「で、最後のとこはギターを聴かせたいから、こう…」 ツッツカツーツカツカツーツッカツ… 「OKわかった」  飲み込みが早い嗣永はすぐに夏焼の要望に答える。 ドンツカツカツー 「うん、いいね。さすが嗣永」 「へへっ」 ニッコリ  見つめ合う2人。 「嗣永汗すごいよ」と言いながら、夏焼が自分の持っていたタオルで嗣永の汗を拭く。 「あ、ありがと…」 「ほら、ここも…」 「夏焼くん、僕もタオル持ってるから…」 「あ、こんなとこにも汗かいてる」 「あ…そこは…」 「ここすごい濡れてるじゃん…」 「ぁん!」 「やめてやれよ夏焼」 「ごめんねw熊井くんwww」 「ケッケッケ……」  練習後、夏焼が清水と熊井に感想を聞いた。 「清水くん、どうだった?」 「うん。すごいよかったよ。みやびが上手いのは知ってたけど、嗣永も鈴木さんも上手いね。 曲はほとんど知らなかったけど、かっこいいね。スタイル的には昔のロックなんだけど、あんまり 古さを感じないっていうか…」 「ありがとう。熊井くんはどうだった?」 「俺は音楽のことはよくわかんねーけど…いいんじゃねえか? エンジョイしてたと思うぜ」 「エンジョイか。いいねw」 「「wエンジョイww」」清水と菅谷が同時に笑った。 「なんだよ」ムスッ 「いやごめん、熊井くんの口から“エンジョイ”ってw なんか面白くってさw」 「―――――。―――――w」 「――――――――」 「―――――w」  そんなこんなで、Buφno!のメンバーは各自、家での個人練習とともに、スタジオ、キュー学、 ベリ高でのバンド練習を繰り返し、ますます上達していった。  キュー学では、学校から生徒に文化祭のチケットが配られた。愛理は「体育館で歌を歌うから 観に来て」と、爺さんを誘い、爺さんはもちろん快諾した。 「清水くん、例の件について何か分かったかい?」 「モー商もスマ高も最近は休戦状態っていうか、内部抗争が激しくて、外部との抗争を避けてる みたいだね。だから今回の事件は不良同士の抗争は関係ないと思う。単純な暴行目的か、 鈴木さんか恋人の菅谷くんへの個人的な恨みとか。もしくは何かまるで別の目的が……」  愛理を襲った男たちに関しては、依然として謎のままだった。  いよいよ文化祭の日が近づいていた。既に愛理も嗣永も、全曲それなりの演奏をできるようには なっていて、若干余裕を感じるようになってきていた。しかし、夏焼の指導は逆に厳しくなっていた。 ときには、愛理が涙目になることもあった。 ♪~♪~~~~♪ ♪~~♪~~ ♪♪♪~♪… 「ストップ!ストップ!違うんだ鈴木さん。そこはそうやって弾いちゃ意味がないんだ」 「夏焼くん、そこまで厳しくしなくても…」と、横から菅谷が言った。 「前も言ったと思うけどここのソロはね、とても巧妙に作られてるんだ。前半で、レガートで優しく 弾いたフレーズを、後半では、同じフレーズをフルピッキングで激しく弾く。それによって、人生に おける無常感や事象の因果性を表現し、ソロ以降の展開の布石にもなってるんだ。省くのは 簡単だけど、その重要な部分を省いたらおじいさんどう思うかな? おじいさんはプロのギタリスト だったんだから、省いたりしたら絶対気づくと思うよ。逆にそういう部分がちゃんと弾けてたら絶対 喜んでくれるよ」  愛理は夏焼のレベルの高い要求にもなんとかくらいついていった。家での個人練習をしっかり やって、数日後の次のバンド練習までには、夏焼から出された課題を必ずクリアしてきた。  嗣永も同様だった。あとからバンドに参加した嗣永だったが、基礎がしっかりしていたことと、 役に立ちたいという強い思いから、努力を重ねることによってみるみるうちに成長していった。  教える側の夏焼にも良い影響が出ていた。初心者に教えることで、基本を再確認し、新たな 発見もあった。また、音楽を始めた頃の初期衝動を、愛理たちを通して追体験することによって、 新鮮なインスピレーションと、演奏することの喜びを得ていた。  バンドから良いグルーヴ感が出ていた。 ♪ ♪~~♪♪♪~♪ ♪~~♪~♪~♪ ♪~♪~~~  ライブ前日、最後のスタジオ練習が終わった。 「いよいよ明日だね」 「ね」 「夏焼くん、何か締めの言葉お願い」 「え? なんか照れ臭いなw」 「いやいや、そういうのやっぱ大事でしょ」 「…じゃあ、えー…、まずは、今までありがとう。みんなと練習できてすごく楽しかった。 いろいろ難しい要求もしちゃったけど、みんな本当に頑張ってくれて、あの…感謝してます。 …鈴木さんも嗣永も本当に上手くなってるから、明日は自信持ってやってほしい。そして ライブを盛り上げて、絶対おじいさんを喜ばせよう。そのために、準備をしっかりやって、 本番はただ一生懸命やること。そして何より自分たちがライブを楽しむこと。エンジョイすること!」 「おー!エンジョイしよーw」 「エンジョーイ!w」 ハハハw  スタジオを出て、ファストフード店で明日の話をする4人。 「あー、本当にもう明日なんだね」 「なんかぼくもう緊張してきた」 「嗣永早いってw」 「あ、僕明日家からバイクで直接キュー学行くけど、嗣永後ろ乗ってく?」 「うん、乗せてって」 「――――――」 「展示とか他の出し物見る時間あるかな?」 「――――――」 「―――」 ワイワイ  愛理たちの隣のテーブルで、会話に聞き耳を立てていた男が席を立ち、 携帯を取り出し電話をかけた。 「竜助さん、コユチです。あいつら明日のキュー学の文化祭でライブやるみたいです」 「文化祭か…。でかしたぞコユチ」 ニヤリ
第三部(後) 岡井「てーへんだ!てーへんだー!!ベリ高のやつらが来てるぞ!」 矢島「え?ベリ高? 熊井くん? 熊井くんが来てるの?」 中島「なに? 熊井が来てるなりか?」 岡井「熊井は来てねーよ。夏焼と菅谷と、嗣永とかいうちっちぇーやつ」 矢島「なんだー、熊井くんは来てないのかぁ。残念だなあ……」 中島「熊井が来たら俺がボッコボコにしてやんのになー。けどなんでベリ高のやつらがうちの学校に     来てるなりか?」 岡井「ほら、愛理が最近ギターやってるじゃん。ベリ高のやつらとバンド組んだんだってよ…」 中島「へー、ちょっと冷やかしに行ってみるなりかw」 萩原「やめとけ。くだらねえちょっかい出すんじゃねえ」  ♪♪~~♪~♪~ ♪ ♪~♪~~♪~♪ ~ ♪ ♪~~  放課後のキュート学園。一教室からバンド演奏の音が鳴り響いている。音漏れ対策としてドアも窓も 閉め切られてはいるが、防音室ではないので教室の外にも結構なボリュームの音が漏れていた。  中では、夏焼、愛理、嗣永の3人が真剣に練習していた。菅谷も3人の演奏を客観的に聴いて、 より改善できそうなところを探していた。  スタジオを借りて練習するにはお金が掛かる。ゆえに、高校生が月に何度もスタジオに入るのは 難しい。  愛理がキュート学園の先生に、空き教室の使用と、他校の生徒を招いての合同練習ができるかを 訊いてみたらOKが出た。  ドラムとアンプも曜日によっては、軽音楽部が貸してくれるとのことだった。  ♪~♪ ♪~♪♪♪~~~ ♪ ~ ♪ ♪~~~♪~♪~~  機材を貸してくれた軽音楽部のメンバーが、愛理たちが練習している教室の前を通りかかった。 立ち止まり、教室から漏れてくる音を聞いている。 「中でやってるの愛理のバンドだよね。本当にギターやってるんだね」 「ね。愛理がバンドでギター弾いてるって聞いて驚いたよね」 「ちょっと覗いてみよっか」  ドアの小窓から中を覗く。 ティロリロリロ ギュイーーーン ♪ 「な…なかなかやるじゃん…」 ボッベン ボボベン ボベン ボベンボボ ♪ 「ちょっと! あのベースの人むっちゃ上手くない!?」 「ホントだ!すごっ!」 「しかもめちゃめちゃかっこいいじゃん!!」キャーキャー 「――――――――――」ワ-ワ- 「――――――――――――――」ジュンジュワ- 「ドラムの子かわいいw」 「――――――――――――」 「――――――――」 「――――」 ワーワー キャーキャー  その日のうちに、キュート学園に夏焼のファンクラブ「夏焼雅親衛隊」が設立され、翌日から愛理は、 親衛隊から夏焼についての質問攻めに遭うのであった。  数日後。再びキュート学園で練習が行われていた。  その様子を外から覗く夏焼親衛隊。一曲終えるごとに「キャァァーーー!!」パチパチ と騒ぐ。  当の夏焼は気にしていなかったが、3人は気になってイマイチ練習に集中できずにいた。 ガラガラ  ずっと外で騒いでいた親衛隊が、終には中に入ってきた。 「愛理! 中で見せてよ!」 ズイッ  親衛隊の前に菅谷が立ちふさがる。 「ちょっと練習の邪魔なんで出て行ってくれませんか?」 「なに?この人? この人もバンドの人?」 「私この人知ってるー。“インキンの菅谷”っていうんだよ。インキンなんだって」 「えーやだーきたなーい」 「ちょっとどっか行ってよー」 「ふけつー」 「夏焼さんが見えなーい」ブーブー 「ふんぬーーー!!!」 ピシャッ!!  菅谷は親衛隊を教室の外へ追い出し、勢いよくドアを閉めた。そして小窓を紙とテープで塞いで、 見えないようにした。 「さ、練習再開しよう」 「そ、そうだね…」 ガラガラガラ  再びドアが開いた。 「ふんぬー! だから入ってくんじゃ…ん?」 「…す、すいません」  ドアを開けたのは先ほどの夏焼親衛隊ではなく、なで肩で足が短くタレ目でのっぺりとした顔の 女の子であった。 「すーさん!」 「すーさん? 友達?」 「うん。私の親友のすーさん。 すーさん私に何か用事?」 「うん。練習中にごめんね。あのさ、頼んでたあれのことなんだけど…」 「あ、そうだ! すっかり忘れてた!」 「「「?」」」 「あのね、すーさんは文化祭の実行委員をやってるんだけど、プログラムの冊子を作るんだって。 それにバンド名を載せるらしいんだけど、うちらバンド名とか付いてないから、みんなに相談しようと 思って保留にしといてもらってたんだ」 「バンド名か…」 「う~ん……」  しばし考え込む4人。  夏焼が言った。 「やっぱここは鈴木さんが決めた方がいいんじゃない? なんでもいいよ。鈴木さんが付けた名前なら みんな納得するよ」  菅谷と嗣永はうなずいた。 「え? 私が決めていいの? じゃあね~…“放課後抹茶タイム”とかどうかな…?」 「そ、それはちょっと……」 「なんでもいいって言ったじゃーん…」  再び考え込む4人。  嗣永が言った。 「やっぱTφmahawk!にちなんだ名前がいいんじゃない?」  さらに菅谷が続けた。 「漢字にしたらどうかな? かっこよさそう。気合い入ってる感じw」 「漢字ねえ…」  再度考え込む4人。  嗣永が夏焼に尋ねた。 「ねえ、“トマホーク”ってどういう意味なの?」 「トマホークって、インディアンとかが使う斧なんだよね。特に、武器として投げて使われることで 有名なんだ」 「へ~」 「…だからまあ、あえて漢字にしたら、“投斧”とか…もしくは……“舞斧”とか?」 「“舞斧”…ちょっとかっこいいけど…」 「わたしはもう少しかわいくしたいな。アルファベットにするとか――」 「あ、この単語確かフランス語で――」 「おお、いいじゃん、いいじゃん――」 「――――――。――――」 「―――――!」 「―――――」 「決定!」 「すーさん、パート名は載せないでおいてね。おじいちゃんをビックリさせたいから!」 「ホ、ホーモ?」 「ホーモじゃないよ熊井くんw ボーノ。イタリア語で“おいしい”っていう意味なんだって。 それにちなんで練習前とかにみんなで“いただきます!”って気合入れしてるらしいよ。 Tφmahawk!からφと!をもらってBuφno!って書くんだって」 「ふーん」  ベリーズ高校の教室。  清水、熊井、徳永、須藤の4人で話している。 「あ、それでね、今日の放課後鈴木さんがうちの学校に来て練習するんだって」  夏焼がベリ高でも練習できるように、先生に掛け合ったところ、あっさり了承され、 菅谷がベリ高軽音部からアンプやマイクを借りれるよう手筈を整えたのだった。 「みやびが、“人前での演奏に慣れておきたいのと、第三者からの感想も聞いてみたいから、 見に来て”って、言ってるんだ。熊井くんも行かない?」 「俺はやめとくわ。音楽とかわかんねーし。徳永行ってやれよ」 「あー俺パス。今日はマリマリと デ ー ト 。。」 「須藤は?」 「俺は今日は稽古だ」 「…いや、まあ僕1人でもいいんだけどさ。みやびたち本当に頑張ってるみたいだし……あと、あの 嗣永が頑張ってる姿とか見てみたくない!?」  “嗣永”に、熊井がビクッと反応する。 「行ってやれよ熊井~」  徳永がニヤニヤしながら言った。 「…しょ、しょうがねーな。暇つぶしにつきあってやるよ……」  ニヤニヤ   ニヤニヤ  ニヤニヤ  キーンコーンカーンコーン 「じゃあねーばいばーい!」 ダッダッダッ  愛理はその日の授業が終わると急いで帰り支度を整え、走って教室を出て行った。 岡井「愛理のやつ、あんなに急いでどうしたんだ?」 中島「ああ、例のバンドなりよ。なんか今日はベリ高で練習すんだって」 矢島「えー!僕も行きたい行きたい!!」 岡・中「……」 「(意外と早く着いちゃったな…)」  愛理が待ち合わせのためにベリーズ高校の校門の前に立っている。下校するベリーズ高校の 生徒が、その愛理をじろじろと見ながら通り過ぎて行く。  他校の生徒、それも愛理のように不良ではない普通の女の子が、有名不良校であるここベリーズ 高校に来ているというだけで非常に珍しい。そのため愛理はとても目立ってしまっていた。  ベリ高のチャラい不良が、愛理にからんできた。 「君きゃわうぃーねー! どこの高校?ここで何してんの?遊びに行かない?」 「私ここで待ち合わせしてて……」  いやがる愛理。執拗にからむチャラ男。 「いーじゃん。ねーちょっとだけだからさー」  そこへ、チャラ男の後ろから声が… 「おい、そいつは俺の女なんだよ! 手ぇ出すんじゃねえし」  鬼の形相をした菅谷だった。 「す、菅谷くん!君の彼女だったなんて…、本当に知らなかったんだ!ゴメン!」と言って、 チャラ男は走り去った。 「ごめんね鈴木さん。待たせちゃって」 「ううん大丈夫。さ、早く行こ」 「うん」  菅谷は愛理の手を取り、共に校内の練習場所へ向かった。 「おまたせ~」 「あ、鈴木さんいらっしゃーい」  そこでは既に夏焼と嗣永がセッティングを終え、軽く練習を始めていた。  愛理は、見学に来ていた清水と熊井に会釈をすると、素早くセッティングに取り掛かった。 ♪~~~♪♪~♪ ♪~♪~~ ♪ ~ ♪ ~♪~~♪~  嗣永が刻むシンプルなビートに、夏焼がアドリブでフレーズを紡ぎ出し、合わせていく。  その絡み合う演奏がなんだかロックエロティックで、見に来ていた熊井はなんだか無意識に イライラとしていた。  熊井のイライラは暑さのせいでもあった。  ベリ高は一部の教室以外冷暖房が付いていない。もちろんここも例外ではなく、その上完全に 閉め切っているのでサウナ状態になっていた。  汗かきの熊井は特に汗をかいて暑がっていた。 「なんで窓閉め切ってんだよ。開けよーぜ」  立ち上がり、窓を開けようとする熊井。 「だめだよ熊井くん。音が漏れちゃうんだよ。閉めてても結構漏れてるんだ。苦情が来たらここで 練習できなくなっちゃうよ」  菅谷に制された熊井は、ムスっとして再び腰を下ろした。 ♪♪♪~♪ ♪~~♪~♪♪♪~♪~~♪~♪~~♪~♪♪~♪~  練習は熱心に続けられた。  愛理は、汗をかいた背中に制服がひっつき、モロにブラジャーが透けていたが、気にせず練習に 集中していた。  菅谷はそんな愛理をチラチラ盗み見て半勃起していた。  嗣永は体育着のTシャツと短パン姿で練習していた。その額に、首筋に、二の腕に、太ももに、 艶かしい汗が浮かぶ。  熊井はそんな嗣永をチラチラ盗み見て半勃起していた。  そして夏焼は、そんな熊井の様子に気づいていた。 「(クスクスw)」  練習が一段落したところで、夏焼が嗣永に近寄って言った。 「さっきの曲のアウトロさ……」  夏焼が、アクセント・リズムの解釈・音色等、ドラミングの細かい部分を具体的に指導していく。 「そこもう少し裏を強調して…」 「こんな感じ?」 ツタツタンツトコ タッカタカタ 「うん、でももうちょい…ちょっと貸して」 ツタツタンツトコ タッカタカタ 「おお!なるほど!」 「で、最後のとこはギターを聴かせたいから、こう…」 ツッツカツーツカツカツーツッカツ… 「OKわかった」  飲み込みが早い嗣永はすぐに夏焼の要望に答える。 ドンツカツカツー 「うん、いいね。さすが嗣永」 「へへっ」 ニッコリ  見つめ合う2人。 「嗣永汗すごいよ」と言いながら、夏焼が自分の持っていたタオルで嗣永の汗を拭く。 「あ、ありがと…」 「ほら、ここも…」 「夏焼くん、僕もタオル持ってるから…」 「あ、こんなとこにも汗かいてる」 「あ…そこは…」 「ここすごい濡れてるじゃん…」 「ぁん!」 「やめてやれよ夏焼」 「ごめんねw熊井くんwww」 「ケッケッケ……」  練習後、夏焼が清水と熊井に感想を聞いた。 「清水くん、どうだった?」 「うん。すごいよかったよ。みやびが上手いのは知ってたけど、嗣永も鈴木さんも上手いね。 曲はほとんど知らなかったけど、かっこいいね。スタイル的には昔のロックなんだけど、あんまり 古さを感じないっていうか…」 「ありがとう。熊井くんはどうだった?」 「俺は音楽のことはよくわかんねーけど…いいんじゃねえか? エンジョイしてたと思うぜ」 「エンジョイか。いいねw」 「「wエンジョイww」」清水と菅谷が同時に笑った。 「なんだよ」ムスッ 「いやごめん、熊井くんの口から“エンジョイ”ってw なんか面白くってさw」 「―――――。―――――w」 「――――――――」 「―――――w」  そんなこんなで、Buφno!のメンバーは各自、家での個人練習とともに、スタジオ、キュー学、 ベリ高でのバンド練習を繰り返し、ますます上達していった。  キュー学では、学校から生徒に文化祭のチケットが配られた。愛理は「体育館で歌を歌うから 観に来て」と、爺さんを誘い、爺さんはもちろん快諾した。 「清水くん、例の件について何か分かったかい?」 「モー商もスマ高も最近は休戦状態っていうか、内部抗争が激しくて、外部との抗争を避けてる みたいだね。だから今回の事件は不良同士の抗争は関係ないと思う。単純な暴行目的か、 鈴木さんか恋人の菅谷くんへの個人的な恨みとか。もしくは何かまるで別の目的が……」  愛理を襲った男たちに関しては、依然として謎のままだった。  いよいよ文化祭の日が近づいていた。既に愛理も嗣永も、全曲それなりの演奏をできるようには なっていて、若干余裕を感じるようになってきていた。しかし、夏焼の指導は逆に厳しくなっていた。 ときには、愛理が涙目になることもあった。 ♪~♪~~~~♪ ♪~~♪~~ ♪♪♪~♪… 「ストップ!ストップ!違うんだ鈴木さん。そこはそうやって弾いちゃ意味がないんだ」 「夏焼くん、そこまで厳しくしなくても…」と、横から菅谷が言った。 「前も言ったと思うけどここのソロはね、とても巧妙に作られてるんだ。前半で、レガートで優しく 弾いたフレーズを、後半では、同じフレーズをフルピッキングで激しく弾く。それによって、人生に おける無常感や事象の因果性を表現し、ソロ以降の展開の布石にもなってるんだ。省くのは 簡単だけど、その重要な部分を省いたらおじいさんどう思うかな? おじいさんはプロのギタリスト だったんだから、省いたりしたら絶対気づくと思うよ。逆にそういう部分がちゃんと弾けてたら絶対 喜んでくれるよ」  愛理は夏焼のレベルの高い要求にもなんとかくらいついていった。家での個人練習をしっかり やって、数日後の次のバンド練習までには、夏焼から出された課題を必ずクリアしてきた。  嗣永も同様だった。あとからバンドに参加した嗣永だったが、基礎がしっかりしていたことと、 役に立ちたいという強い思いから、努力を重ねることによってみるみるうちに成長していった。  教える側の夏焼にも良い影響が出ていた。初心者に教えることで、基本を再確認し、新たな 発見もあった。また、音楽を始めた頃の初期衝動を、愛理たちを通して追体験することによって、 新鮮なインスピレーションと、演奏することの喜びを得ていた。  バンドから良いグルーヴ感が出ていた。 ♪ ♪~~♪♪♪~♪ ♪~~♪~♪~♪ ♪~♪~~~  ライブ前日、最後のスタジオ練習が終わった。 「いよいよ明日だね」 「ね」 「夏焼くん、何か締めの言葉お願い」 「え? なんか照れ臭いなw」 「いやいや、そういうのやっぱ大事でしょ」 「…じゃあ、えー…、まずは、今までありがとう。みんなと練習できてすごく楽しかった。 いろいろ難しい要求もしちゃったけど、みんな本当に頑張ってくれて、あの…感謝してます。 …鈴木さんも嗣永も本当に上手くなってるから、明日は自信持ってやってほしい。そして ライブを盛り上げて、絶対おじいさんを喜ばせよう。そのために、準備をしっかりやって、 本番はただ一生懸命やること。そして何より自分たちがライブを楽しむこと。エンジョイすること!」 「おー!エンジョイしよーw」 「エンジョーイ!w」 ハハハw  スタジオを出て、ファストフード店で明日の話をする4人。 「あー、本当にもう明日なんだね」 「なんかぼくもう緊張してきた」 「嗣永早いってw」 「あ、僕明日家からバイクで直接キュー学行くけど、嗣永後ろ乗ってく?」 「うん、乗せてって」 「――――――」 「展示とか他の出し物見る時間あるかな?」 「――――――」 「―――」 ワイワイ  愛理たちの隣のテーブルで、会話に聞き耳を立てていた男が席を立ち、 携帯を取り出し電話をかけた。 「竜助さん、コユチです。あいつら明日のキュー学の文化祭でライブやるみたいです」 「文化祭か…。でかしたぞコユチ」 ニヤリ

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