(03)139 『YEAH!>川*^A^)ノ炎』



それは本当に突然の出来事だった。
ある雨の日の午後、喫茶リゾナントに集合していた面々に、
高橋は帰宅命令を出した。台風が近く雨足も強くなっている
ため、という理由であった。

各々が帰り支度をする中で、まず最初に店を出たのは、
リンリンだった。

「神様が泣いてマス!」

リンリンがはしゃいだように前へ踊りた時、落雷が起きた。
場所はわからないが地響きのような衝撃が起き、その場に居た
全員が床に伏せた。
道重が恐る恐る顔を上げると、衝撃のせいか店のドアは閉まって
おり、リンリンの姿が見当たらない。

「リンリン!」

床に膝をついたまま道重は慌ててドアを開けた。


土砂降りの雨の中、リンリンはこちらに背を向けて佇んでいる。
持っていたはずの傘が見当たらない……が、奇妙なものが
目に入った。

「え、何あれ……?」

リンリンは、燃え盛る傘を手にしていた。
大雨に晒されていたため徐々に火の勢いは弱まっていったが、
鎮火するまで彼女はそこを動かなかった。
道重や、異変を察して彼女の傍まで駆けつけた他のメンバーは、
呆然とその光景を見詰めている。
やがて枯れ枝の様になった傘の骨組みを持ったまま、リンリンが
振り返った。
緊迫する面々。表情のないリンリン。

「……ねえ、ちょ、何があったの」

最初に勇気を出したのは新垣だった。

「ワカリマセン……雷の時傘をギュッてしましたら、
 イキナリ、ボウッ! 燃えた」

リンリンが普通に喋ったことで、室内に居た何人かが我に返った。
高橋はバスタオルを取りに奥へ。道重はまだ気が動転したまま
なのか、その高橋について行ってしまった。
光井とジュンジュンは、ひさしの下へリンリンを引っ張った。
されるがままになっていたが、リンリンは傘の残骸を手放さない。


「琳!」

ジュンジュンが声をかけても反応しない。
苛立ったジュンジュンは、無理矢理彼女の手から鉄くずを
奪い取った。

「熱!」

まだ余熱があったのか、驚いてそれを放り投げる。

「何やってんアホか!」

大人しかった光井が叱責したのを、奥に引っ込んだ高橋と道重
以外が初めて見た。

「……リンリンの体は熱くなかったんだ」

それまで一言も発さなかった久住がぽつりとそんなことを言った。


バスタオルと替えの衣服を抱えた二人が戻ってきたので、
リンリンは再び店の中へ。
ドアを閉めた田中が思い立ってもう一度ドアを開け、外側に
『CLOSE』のプレートをかけて閉じた。

「怪我とか火傷とか、ない?」
「アー……大丈夫です。アリマセンです」
「お湯張ってるからあとでお風呂入って。風邪引かないように」
「……ゴメンナサイ」

濡れた体を拭いてやっている高橋がリンリンとやり取りを
している中、道重は高橋の無防備さにハラハラしていた。
他の皆もその様で、二人の周りには一定の距離が出来ている。

「……リンリン、さっきの能力やないと?」

もっとも遠巻きに様子を窺っていた田中が恐る恐る問うと、
リンリンは困惑顔で首を振った。

「ただの偶然だったのかもね」
「あ、あー、あるあるっ!」

新垣が言う。
亀井が声高に同意すると、何人かが乾いた笑いを漏らしながら
頷く。

「偶然、チガウ」

ジュンジュンが一歩前に出た。

「テンチョさん、アレ貸すしてください」
「あ、何て?」
「フォーク! スプン! どれか! ドコ?」

突然迫ってきたジュンジュンに気圧された高橋が、カウンターの
向こうを指差すと、ジュンジュンは肩をいからせてずかずかと
カウンターに入り込み、どこからかティースプーンを探し出して
戻ってきた。
ずぶ濡れのリンリンの目の前に差し出す。

「ちょっとちょっと、何なの」

高橋が間に入ろうとしたが、何も言わずジュンジュンが押し
退けた。よろけた高橋を道重が引き寄せて支える。

リンリンは頭巾のように被っていたタオルの端を握り締め、
空いていた方の手で恐る恐るティースプーンに触れた。
普通に持つことが出来ている。
それを確認した後、ジュンジュンの目を見た。
少し見詰め合って、そして、スプーンを持つ手に力を込めた。

バチンッ!

「アイヤ!」

静電気のような衝撃を受けて、リンリンはスプーンを放り投げた。
宙に浮いたそれは瞬時に発火したがすぐに消え、焦げた状態で
床に落ちた……

リンリンの能力。
炎を生み出す力。


日を改め、高橋はリンリンを連れて人気のない河川敷に
やって来た。
以前と同じように実験してみると、やはりリンリンは
たやすく炎を発現させた。
ただし、無から作り出すことはできない。
掌で握り締めることが出来る物質であること、が発現条件だ。

「バッチリデース!」

色々と試すうちにコツを掴んだリンリンが、また何かから
炎を作り出すのを見て、高橋は危惧した。

「リンリン」
「ハイ?」
「一つ約束して欲しい。その力は、絶対に人に向けちゃ駄目だよ」
「オー、わかっていマス。リンリンはこれ、マジックにして
 皆に見せてお金貰いマス」

意外な答えだった。
あまりにも無邪気に火遊びしているようでいて、しっかりと
考えることは考えていたようだ。

「……そっか、ならいいや」


数日後。

河川敷の橋の下で、ホームレスが住んでいたダンボールハウスが
何者かによって焼き払われた、という事件が起きた。
幸いそこに住んでいたホームレスは不在で、
燃やされたのはダンボールのみであるという。

朝刊に目を通した高橋の背筋に冷たいものが走った。
件の記事には『中高生の不良グループによる犯行か』とあった。
昨今、ホームレスを襲う中高生が増えているというから、
その可能性の方が高いはずなのだが、不安が拭えない。

リンリンはなかなか『読めない』相手だ。
これは、性格が掴みにくいという意味で、だ。
愛想が良く表情もコロコロ変わるのだが、日本語の受け答えも
まだまだ拙い部分が多い。

何にしても、この件に関しては聞かなくてはいけない。

どうか間違いでありますように、そう願った高橋はこの数時間後、
昨日マジックを披露して中学生たちからチップを貰ったのだ、
と嬉々として報告に来たリンリンを前に、絶句した。




















最終更新:2012年11月23日 11:00