(23)520 『水守の蒼き龍』



自分の出身にある湖よりも小さく、けれど湖と言えるぐらいの大きさのモノを頭の中に浮かべる。
それは次第に心の中で形成をし、その湖は森で囲まれるようになった。


その湖の中心に立てるのは、自分がその場所の支配主であるから。

湖に浮かぶ波紋を消すかのように静め、まったく風も吹かないようにする。
心を穏やかにさせ、安定させる。 目を閉じ、視覚以外の感覚で周囲を感じる。


そして揺らめき立ち始めるのは、湖の奥底に眠る蒼き龍。


その瞳は自分を捕らえ、その口は自分に問いかける。

心よりも奥深い底で伝えられる言葉は、自分の眠れぬ能力を目覚めさせた――――


     **


昨日は変な夢を見てしまい、充分に寝ることができなかった。
そのせいかその日の学校での授業は特に眠気に誘われてしまい、あまり身に入らなかった。
それでも喫茶リゾナントに通ってしまうのは、あの雰囲気が好きだから。彼女たちが好きだから。


 「ココアくださーい」

店の扉を開けて真っ先に言う言葉は、いつも決まっている。
そしていつもの定位置に向かう途中、店の中から言われる挨拶。

 「おはよう、みっつぃ」
 「おはようございます、高橋さん」
 「今日もいつものでいい?」
 「はい、お願いします」

笑顔で問いかけられ、笑顔で応える。
待っている間、テーブルの上に置いた鞄から教科書を取り出し、今日出た宿題を始める。
そしてペンを握る前に、愛が持ってきたココアを受け取る。

 「はい、今日も甘めやよ」
 「ありがとうございます」
 「いつも宿題大変やね、がんばってな」
 「はいっ」

そう言われて、愛の後姿を少しだけ見た後、温かいココアを手に取り口へと運ぶ。
そうそう、この甘さがたまらない。
口の中に広がるココアの味を堪能してから、宿題に取りかかった。


     **


蒼き龍は問いかける。


  『 お前は、誰が為に戦うのか? 』
  『 戦いは命を消耗させる 』
  『 いずれお前は早死にするだろう 』
  『 お前はまだ、選べる。 』
  『 このままでは、この先の未来は闇しか存在しない。 』


告げられた言葉の数々が、心に響いてくる。
どれもすべて、正解のようなもの。けれど、正解ではない。
自分の答えはすでに出ている。
蒼き龍の言葉は現実を見せるけれど、どれもが魅力的ではない。

自分で出した確かな答えを、蒼き龍に告げよう。


     **


 「……っい……つい…みつぃ…」
 「……ん…?」
 「ミツイ、大丈夫カ?」
 「え…?今、何時…?」
 「もう8時ネ」
 「…え!?もう8時なん!?」

起きたアルねー、とのん気に隣で言っているジュンジュンをほっといて、すばやく時計に目をやった。
時間は8時を少し過ぎた辺りで、相当な間を自分は睡眠に使っていたらしい。
宿題ができなくてガッカリを通り越して、自分で自分に呆れてしまった。
それもこれも、やけに夢を見てしまうせいで身体が休めていないのかどうか。
とにかく、呆れてしまった。

 「ぐっすり寝てたねー?」
 「あ、亀井さん…」
 「絵里でもあんなに寝れないよぉ」
 「…愛佳、どんだけ寝てはりました?」
 「4時間くらいじゃない?」
 「えっ、そんなにですか?」
 「だっていつのまにか寝てたのに気付いて、時計見たら4時過ぎだったから」

本当に自分はぐっすりと寝ていたらしく、誰か起こしてくれよと思ってしまった。
けれど自分は後輩で、そんなこと言えることもなく。ふと、夕飯を食べていないことに気付いた。
ここの人たちは夕飯時でさえも起こしてくれないのかと思ってしまったが、そこは自重。

そんなことを思っていたら、愛が何やらプレートを持ってきた。
それを愛佳の目の前に置き、見るとそこにはサンドイッチがあった。



 「これは…?」
 「みっつぃの夕飯、かな」
 「え、いいんですか?」
 「いいもなにも、夕飯の時間になっても起きなかったから。
  あーしたちはさっきみんなで食べたし、後はみっつぃだけ。
  もっと夕飯らしいもん作りたかったけど、余りの材料が残ってなかったから」
 「あ、ありがとうございます!」
 「あと、飲み物も作るけど、何がええ?」
 「あ、えと、ココアでお願いします!」
 「了解っ」

何とも優しい店長なんだろう。
今の愛佳には料理を出されただけで誰もが天使に見えてしまう気がした。

いつのまにか隣からいなくなったジュンジュンは、これまたいつのまにかいなくなった絵里と
他のテーブルに座っているさゆみと一緒に話していた。
愛が持ってきてくれたココアを受け取り、彼女たちの話し声をBGMにサンドイッチを頬張り始めた。


少ししてから、カウンターに戻っていた愛が自分専用のマグカップを持って愛佳のもとへとやってきた。
そのことに不思議に思いながらも、愛佳はサンドイッチを頬張る。

 「今日はぐっすり眠っとったね?」
 「え?あ、はい…なんか気付いたら眠ってはりまして…」
 「途中起こそうとしたけど起きんから、しかも気持ち良さそうに眠っとるし」

少しだけ罪悪感を感じながら、愛の言うことに耳を傾ける。


 「なんか、今日すごい眠くて…学校でも寝そうになっちゃいまして…」
 「普段は寝ないんか?」
 「寝ませんよ。でも、今日ばかりはどうしてもって感じで…」

どうしても眠たかったことを言うと、意外なことを愛から言われた。

 「…実はな、みっつぃが寝てから微弱やけど能力の感知があってな」
 「え、ほんまですか?どこですか?」
 「あ、いや……みっつぃから感じたのやけどな」
 「……へ?」

意外なことを言われ、目を点にしてしまった。

 「て言っても、感知したのはたぶんあーしだけで。
  他の子たちがちょうど外へ出かけに行ってた間やから、みっつぃとあーししかおらんのやったけど…
  なんか、心当たりある?」
 「…心当たりと言われても…」

そう言われて思い出すのは、先ほど見ていた夢であった。
けれどそれは能力と言うのだろうか?ただ龍と喋っていただけなのに…

 「あ、でも勘違いやったかもしれんし。あんま気にせんでな?」
 「え、あ、いや…あの、たぶん心当たりあります」
 「ほんとか?」
 「…夢を見てて、それが蒼い龍と話していた夢なんです」


愛佳は愛に先ほど見ていた夢の内容を教えた。
その話をしている間、愛は一回も目を逸らさずに聞き込んでいた。
そして愛佳が話し終わった頃、愛は何かを考えるように俯いた。
しばらくして俯いていた顔を上げると、愛佳に視線を合わせ話し始めた。

 「たぶん、それしかないやろ。
  その蒼い龍がみっつぃに何を伝えたいのか、本当のことは分からんけど。
  …けど、その蒼い龍はみっつぃの未だ目覚めぬ新しい能力かもなっ」
 「新しい、能力…」
 「たぶん、それはみっつぃしか分からんやろ。
  いつ能力が開花するのか、もしかしたら一生開花せんかもしれん。
  みっつぃの心次第で、新しい能力を手に入れられるんやろな」

愛は静かに微笑みを浮かべて話し終わった。
そしてマグカップを手に取り立ち上がろうとするが、愛佳の方にもう一度視線を向けた。

 「…みっつぃ」
 「なんですか?」
 「そんなに、難しく考えんでええと思うよ。新しい力は、自然と使えるようになるからのぉ」

今度は優しい笑顔な気がした。
そして愛は立ち上がり、カウンターの方へと戻っていく。



考えることは、蒼き龍のこと。それは新しい能力に関係していること。
いつ目覚めるのか、いつ使えるようになるのか。
なぜか、その新しい能力は絶対に使えるようになると、無意識に思ってしまうのは気のせいなのか。
すでに頭の中は、夢の中に出てきた蒼い龍のことでいっぱいで。


そして彼女-光井愛佳-が新しい能力を使えるようになるのは、また別の話である――――




















最終更新:2012年12月02日 07:18