(13)267 『共鳴者~Darker than Darkness~ -7-』



「あら、まだ閉まってるよ」
「どうしたのかねー、ここ来ないと調子出ないんだけどなぁオジサン」

『諸般の都合によりしばらく休業致します』
そう掲げられた店先で、常連の客達は溜息混じりに漏らし、次々と去っていった。
喫茶リゾナントはあの日以来休業している。
店主がいなくても店を回すだけのノウハウを店員達は持っていた。
だが、店主の不在とその経緯が彼女達のモチベーションを根こそぎ奪い取っている。

カーテンの締め切られた喫茶店内。
重く垂れ込めた空気からはおよそ、
そこに7人もの十代の少女達がたむろしているという気配は感じられない。

高橋愛と、新垣里沙の離別。
同時に突きつけられた絶対的な壁。
眼前にある峻厳な現実の壁を前に、少女達は活気を完全に失っている。
周囲の同僚達と同様、田中れいなは無数の疑問符を脳裏に浮かべていた。
何故、二人は離れていったのか。
何故、二人がそこまでしたのか。
何故、二人が闇に染まらなければならなかったのか。
答えを欠いた自問自答を繰り返し、彼女の精神は人知れず磨耗していく。
明らかに情報が不足していた。


そもそも、"リゾナンター"という自らの存在自体を田中は深く理解できていなかった。
今まではすべてを高橋愛というリーダー、言い換えれば責任者に預け、そして安寧していた。
歯がゆい。
ぬけぬけとその安寧に身を任せていた自分に。
自らが身を置く現状の認識すら他人に押し付けていた自分に。
田中は胸中で自身を罵倒し、悔やみ、現状をどうすることもできない無力感に苛まれている。

あの日、高橋に張られた左頬が不意に熱を取り戻す。
あれもきっと、自分の無知が招いた愚問だったのだろうと確信している。
そしてあの時、田中は涙した。
浅はかにも高橋の繊細な部分を刺激した自分の愚かさに。
してはいけないことをしたのだという理解はできても、
それ以上の詳細を察することのできない自身の無知に。

「おー。こりゃ、また、随分な…空気、だね」

その声に、全員が精彩を欠いた動作で入口を振り返る。
人影があった。
その人影は現代的なデザインの車椅子に身を預け、
傍らには点滴装置と思しきステンレスの金属棒を携えていた。
薄暗い店内で、しかし田中れいなはハッキリとその人物に既視感を覚えた。
実際にまみえた経験はない。
だが、彼女の写真を前にその人物について語る先輩達の横顔はよく覚えている。


「後藤…真希、さん……?」

頬は痩せこけ、弛緩した肉体にかつての武勇の面影は少ない。
それでも尚、そこにはかつてカリスマと呼ばれた人物のオーラが充満していた。
後藤真希。
"リゾナンター"達にとっての、生ける伝説がそこにいた。


  *  *  *


後藤真希に纏わる伝説は数多い。
膨張のひどい異界を一撃で粉砕した。
危険度SSクラスの"闇"の軍勢を単身で殲滅した。
敵対組織に囚われた仲間をものの一時間で組織の壊滅を伴い救出してみせた、などなど。

伝説とは言っても、どれも彼女と共に戦場を駆けた先輩達の口から直接聞いた"事実"だった。
どの先輩も共有した時間は決して長くはなかったが、高橋や新垣を含め、
その誰もが彼女の名を口にする時は夢見るような表情を象っていたのを鮮明に覚えている。

戦場の"戦乙女(ワルキューレ)"として名を馳せた歴戦の勇者。
その実物が今、どういう意図でか田中達の眼前に現れていた。


「はじめ、まして、だね。ごとーは、後藤真希。一応、君らの…先輩、に、あたるの、かな」

一息一息を区切るような話し方。
それが喉元から伸びるチューブが原因であることも、
チューブの繋がる膝に乗った機械なくして彼女の延命が不可能なことも、
医療に無知な喫茶リゾナントの面々にすら容易く想像できた。

「今日、は、つんく♂さんの、依頼で、来た。
 今のみん、なは、情報が、足りなすぎて、混乱、してる、だろうから、って」

つんく♂。
時折現れる"リゾナンター"の雇い主が、おそらくは政府等の大きな機関の所属であることは
田中達にも薄々わかっていることだ。
それらの情報が意図的に伏せられているのもなんとなく認識している。
今までは、知らなくていいことも世の中にはあるのだと納得していた。
だが、今は違う。
知らなくては動けない。
動けなくては高橋や新垣を取り戻せない。
情報が必要だ。
その情報が、後藤真希を介して向こう側からやって来てくれたのなら僥倖としか呼べまい。


「少し、長い、話に、なる。それに、君たち、には、辛い、話も、あると、思う。
 でもお願、い。聞いて、欲し、い。それから、何を、するのかは、君らが、決めて」

その言葉に、田中れいなは、他のメンバーと共に、強く強く頷いた。
こちらの反応に後藤真希は満足げに頷いて、
少し息を吐く間を置いてから、ゆっくりと話し始めた。
彼女達を取り巻く状況の真実を。
新垣里沙や紺野あさ美、高橋愛が、凶行に至ったその理由を。




















最終更新:2012年11月25日 10:02