(12)617 名無し募集中。。。 (こはジュンvs獣人)



夜の闇に蠢くソレは、禍々しいオーラを放ちながらビルの屋上から屋上へと跳躍していく。
見た目は人そのものだが、その身体能力は明らかに人とは言えない。
月の光がソレの姿を浮かび上がらせる。
土気色を通り越して灰色がかった肌、充血しすぎて真っ赤に輝く濡れた瞳。

ソレは逃げていた。
赤黒い血を滴らせながら、追ってくる者を必死に巻こうと。
生存本能が告げていた。
アイツらを相手にしては勝てないと。

この力を与えられた時の、世界全てを手に入れたかのような高揚感は消え失せ。
己よりも強い者が居る、ただそれだけのことに体は震えた。
何故だ、この力は無敵ではなかったのか。
追っ手から必死に逃げるソレの疑問に答えられる者は、遙か上空から逃げまどうソレを俯瞰している。


「んー、一般人に無理矢理闇の力を注入したらどうなるか。
実験結果は、可、程度だね」


苦笑いしながら、彼女はソレを見つめ続ける。
羽など持たぬのに、まるで地面に立つように空に浮かぶ彼女。
濃藍色の闇に、白い白衣が鮮やかに輝く。

巨大超能力者組織ダークネス。
ダークネスが世界に誇る超能力研究機関「Awesome God」を統括する最上位研究者。
それが彼女の肩書きであった。

「素晴らしき主」と名付けられた研究機関、それを統括する最上位の位置にいる彼女。
すなわち、彼女こそが「素晴らしき主」でありまさに「神」と崇められる存在であった。


様々な超能力を先天的に植え付けた人造人間を創り出し、それを忠実なダークネスの兵へと育て上げる。
ダークネスを弱体化させるにはまず、この研究機関及び神と崇められる彼女を葬り去らねばならない。
彼女以外で神と言われる程の知識と力を持ち合わせた研究者はダークネスにはおらず、
彼女を葬り去ることさえ出来れば、一時的かもしれないがダークネスは力を失う。

だが、それこそは「神」へ逆らう愚かな所業。
彼女の命を狙う能力者は絶えないが、必ずその能力者は生き延びること叶わずに潰える。
普通の能力者では想像すら出来ぬ、圧倒的な能力を有する能力者達に守護され。
そして、彼女自身も圧倒的な能力を有する存在である。

神と崇められ、その知識と力を持ってダークネスの兵達を統括する能力者最強の一角である彼女。
彼女はその座に胡座をかくことなく、常に己の研究をもっと高い次元へと引き上げるべく研究し続ける。

一から生命を生み出さずとも、一般人に後天的に能力を植え付けて兵として使役出来ないか。
研究の最中にふと思いついたことを実験してみたが、この程度ではダークネスの兵として使うことは厳しい。
そう結論付けた彼女の視界に飛び込んでくる、赤い光と藍の光。


「久住小春とジュンジュンかぁ、可哀想だけどアレはもう終わりだね。
せいぜい、精一杯足掻いて傷の1つでも彼女達に負わせてくれるなら、
少しはこの遊びも意味のあるものになりそうだけど」


上空に佇む彼女の遙か下では、今まさに戦いが始まろうとしていた。
必死に逃げまどうソレに、ついに追いついた2つの影こそが。
久住小春、そして、ジュンジュン。
ダークネスという「絶対神」に戦いを挑む、愚かな超能力者組織「リゾナンター」の能力者達であった。

赤い光をたなびかせている方が久住小春、藍の光を放つ方がジュンジュン。
2人はようやく追いついたソレを抹殺すべく、結界を展開する。
―――けしてもう、ソレを逃がしはしない。



「ちょこまか逃げるのやめてくれる?
こっちはさっきまで睡眠時間1時間でグラビアの撮影してたんだから」


そう言いながら、赤い光をその身に纏わせる彼女―――久住小春はソレを冷ややかな瞳で見つめる。
整った顔立ち、すらりと伸びる手足は日本人離れと形容してもよさそうだ。
高い位置で1つに結わえられた黒髪、冷ややかな眼差し。
お世辞にも性格がよさそうとは言えないくらい、その身から放たれる雰囲気は冷たく鋭い。


「久住、そレはお前ガ勝手にやってイる仕事だ。
疲れてイライラするノは分かるが、それを奴に言ウのはただの筋違いダ」


感情を殆ど声にのせることなく、藍の光をその身から放つ彼女―――ジュンジュンは小春の言葉にツッコミを入れる。
どこか愛嬌のある顔立ちと肉付きのよい体つきから想像出来るのは、小春と違い彼女は既に成人であろうということ。
艶やかな長い黒髪を背中の方に流し、悠然とした態度でソレを見る彼女。
落ち着き払ったその姿は、イライラしている小春を更に苛つかせるには充分すぎるくらいだった。

鋭い目線を仲間であるジュンジュンに向けてくる小春、そしてその視線を意にも介さないジュンジュン。
敵を前にしてるというのに仲間割れ寸前かと思わせるくらいの険悪な雰囲気が、2人を包む。
その2人のやり取りに、ソレは己がコケにされているのだと嫌でも気付かされた。
葬り去ろうと思えばすぐにでも葬り去れる程度の存在だから、無視されるのだと。

屈辱だった。
この素晴らしい力を持った自分を見ても、彼女達の態度は何も変わらない。
彼女達が倒すべき対象は自分なのに、まるでその場に自分がいないかのように振る舞われて。
ソレの体をどす黒い想いが駆け抜けていく。


「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


咆吼と共に、ソレは彼女達目がけて尋常でない速度で突進する。
後半歩踏み込めば射程圏内に入る、そうしたら幾らヤツらでも避けれない。
ソレの思惑が形になろうとした瞬間、視界に捕らえていたはずの彼女達の姿は消えている。

何処だと視線を右に左に散らすソレ。
その瞬間、ソレの両腕に走る二つの激しい痛み。
右腕から吹き出す赤黒い血、左腕から立ち上る肉の焦げた匂い。


「アアアアアアアアアアア!!!」


この腕でヤツらを切り裂くはずだったのに。
その血しぶきを浴びて、勝利の味に酔いしれるはずだったのに。
彼女達を切り裂くはずだった、鎌状に変化した腕は。
一方は切り裂かれ、また一方は炭化した。

腕を失い、痛みに混乱するソレを冷めた瞳で見る小春の腕に、まるで生き物のように絡みつくのは赤い電流。
小春の対角からソレの様子を窺うジュンジュンの手には、強く光る藍のエネルギー。

どちらも攻撃系能力で、小春の能力はエレクトロキネシス、すなわち電流を自在に使役する能力であり。
ジュンジュンの能力はサイコキネシス、運動エネルギーそのものを能力に変換して扱い、
目に見える波状や弾状にして攻撃や防御の手段とする能力。

2人の能力者レベルは、ソレが思っているよりも高い次元にあった。
だが、腕を奪われたことに対する痛みと怒りが、ソレの中の闇を増幅する。

―――使えなくなった腕を突き破るように、ソレから新たな腕が生えた。


「うわ、キモい」

「あマり見ていテ気持ちのいいモのじゃなイな、早く片付ケるゾ、久住」

「うるさい、あたしに命令するな!」


赤い電流をその両腕に巻き付けて、小春はソレの息の根を一気に止めてしまおうと距離を詰める。
後少しで、ソレの体に伸ばした両腕が届こうとした時。
突如小春の足下に生える、鈍色に輝く鎌状の腕。
慌てて後ろに飛んで避けようとする小春の左臑に生まれる、赤く大きな筋。


「久住!」


一瞬でソレの上を飛び越え、小春の背後に着地してその華奢な体を抱き留めるジュンジュン。
その傷の深さに、これでは小春はまともに動けないと判断したジュンジュンは、小春に声をかける。


「久住、ジュンジュンのことが気に食わなくてもいい。
アレを倒す、その為に久住の力を貸してくれ」

「うるさいなぁ、ジュンジュンのそういうとこ本当ムカつくんだけど。
…しょうがないから、貸してあげるよ」


憎まれ口を叩く小春に苦笑しながら、ジュンジュンはそっと小春の肩に手を置き集中を始めた。
2人を切り裂こうと蠢き鞭のようにしなりながら伸びてくる鎌状の腕を牽制するように、
小春はその両腕から電流を球状にして撃ち続ける。


藍の光と赤の光がリィリィと音を立て、絡み合いながら1つの大きなエネルギーを生み出していく。
敵を倒したい、その想いが互いに違う音色を奏でながら響きあい、強い力となって渦巻き。

その力の大きさに、ソレの中に再び恐怖が生まれた瞬間。
鮮やかに光り輝くエネルギーが光線状となって、ジュンジュンの手から放たれる。
避けることの出来ぬ速度で放たれた光線に。

―――ソレの体は一瞬にして霧散した。


ソレが消え去ったことを確認した小春は、慌ててジュンジュンから離れようとして、地面に蹲る。
怪我してることを忘れて動いてしまうくらい、自分には触れられたくないのかとジュンジュンは表情を歪めた。
気に食わなくても構わないとは言ったものの、こういう態度を取られるとさすがに堪える。

だが、小春は怪我をして歩けそうもない。
ソレを追って、彼女達の居城兼憩いの場である「喫茶リゾナント」から大分遠くまで来てしまった。
このまま小春の怪我を放置していたら大きな傷が残ってしまう。
小春のもう一つの顔は、アイドル歌手。
露出の高い服装で歌うこともある彼女の今後を考えれば、一刻も早くリゾナントへ戻り治療を受ける必要があった。

可愛くない奴。
だが、小春は間違いなく仲間なのだ。
ジュンジュンはフッと息を吐くと、己のもう一つの能力を解き放つ。
一瞬にして、ジュンジュンの姿は人1人を乗せて走れそうな巨大な狼へと変貌した。


「え、ジュンジュンってパンダにしかなれないんじゃなかったの?」

『久住、私の能力ハ獣化…戦イの時にハ戦いに適しタ獣にナり、
そウでなイ時にハ違う姿ヲ取ることモあル。
とっトと乗レ、早クその傷を治サないトお前の仕事に差し障ルだろウ?』


小春の問いかけに心の声で答えて、ジュンジュンは小春の側に寄って座り込む。
小春は一瞬躊躇った後、ジュンジュンの背中にまたがってその首元にしがみついた。
それを確認して、ジュンジュンは一気に走り出す。

人1人乗せているとは思えない速度で、ジュンジュンは夜の街を駆け抜けていく。
先程までの苦い気持ちは、触れた箇所から伝わってくる温もりに溶けて消えた。
微かだけれど、ありがとうと呟く小春の心の声に。

可愛くない奴だけど、可愛いのかもしれないと矛盾したことを思いながら。
今度小春にバナナを段ボール1箱くらいは奢ってもらおう、ジュンジュンはそう決意した。



一連の戦いを見ていた彼女は、とても興味深いものを見れたと言わんばかりに目を輝かせている。
どこからともなく取り出した、手のひらサイズのメモ帳に尋常じゃない速度でペンを走らせ。
今の戦いで得られた結果、考察を手早くまとめていく。


「狼にもなれるんだね、ジュンジュンは。
ライカンスロープみたいで格好いいなぁ、あ、そうだ。
獣化能力を持たせた、万能型の兵士を作るってのも面白いかも」


いいことを思いついたと言わんばかりに満足げな表情を見せて、彼女は白衣のポケットにメモ帳を落とし込む。
早くこの結果をまとめて、次の研究に活かさねば。
その輝く瞳に浮かぶのは、狂気なのか。
闇色の光が一瞬だけ強く光り、それが収まった時にはもう彼女の姿はどこにも見あたらない。


―――濃藍色の闇に浮かぶ禍々しく輝く紅い月だけが、全てを知っていた。





















最終更新:2012年11月24日 20:40