(11)268 『生け贄の村』



「愛ちゃん最近溜まっとーと?」

店の営業も終え、みんなでまったりと売れ残りをつついていたら、
れいながそう、口を開いた。ざわめく一同。
なぜか誰よりも慌てふためくガキさん。

「ち、違う!そういう意味じゃなかよ?ほら、最近開放しに行ってないっちゃろ?」
「意味わかんない!」
そう言い始めたジュンジュンを始めとする最近入ったメンバーに説明するれいな。

なんていうか、結構あーしの能力は生きる上で邪魔になる。
だから無意識に、また意識的に能力の制限を行っている。
言わば、高圧力で噴き出そうとする間歇泉に無理やり蓋をしている状態だ。

それは見えない、感じない形でストレスになってるようで
時たま全て発散しないといけなくなる。能力のほぼ全開放という形で。

結構これが厄介な代物で、知りたくないもんまで流れ込むようになってまうから
とても人のいるところで行使することじゃない
こころ酔い、なんてわからんよなー。
とにかくどっか違うとこで一日がかりでしないといけない。

一年に一回くらいすれば十分やけど、ほやの、最近はしてなかった。

「あーでも、今はだいじょぶよ。」
今は繁盛期でとてもあーしが抜けて回せるもんじゃない。



「アイタタタタ…」
なんかお腹痛くなってきた。と、さゆ。どうしたん、大丈夫け?
そしたらさゆは隣の絵里に肘鉄をする。
「あ、あ、なんか絵里ちゃんも痛くなってちゃったなー」
その声を皮切りに皆お腹を抱え始めた。
どうしよどうしよ?食中毒?

「こんなに痛かったら明日は休まないと~」
そう言って携帯で明日の予定の変更の連絡を各々が始めた。
あーしもそうや、保健所に電話せんと!自己申告やよ!えと…電話帳…

「なんか治るマシタ」
電話の後口々に言うメンバー。
あかんって、食中毒や、新種やって。一度治っといて後でドンや!
そう焦ってたら、ガキさんが深くため息をついた
「あんたたち、芝居がクサい」


私たちでお店はなんとかするから、愛ちゃんは自分のこと考えて、
そう言われて、やっと気付く。あーしを休ませるために、ウソを?

「お土産きたいしてまーす」
キラキラ輝くメンバーの表情。もう否定の言葉は浮かばなかった。





能力のほとんど全てを開放すると、時計の長針が30度動いていた
軽い、体が軽い。重い鎖かたびらを脱ぎ捨てたような、そんな心地。

ここはどこだろうか。
適当に選んだ電車で突き進み、瞬間移動を繰り返し何時間もかけてここまで来た
人に会わないことはこの状態になる第一条件だ。
小さな瞬間移動を繰り返してついた、山の奥地の切り株に腰掛けている。

後ろの茂みがガサガサと揺れ始めた。
なにかの動物かな?パンダやったら面白いな…面白くはないわな…
今の状態なら何が来てもすぐ逃げられるけどの。

『ここまで来たら…誰にも見つからない』

不意に流れこんできた声にパニックになりかける。そんな、こんなところに、人?
落ち着いて感応を止めようとしたのに、
次に聞こえてきた声にその行為を中断せずにはいれなくなった。

『わたしは死ぬ…』

慌てて茂みに駆け寄り、覗くと「きゃあ」と声をあげて一人の少女がこちらを向いていた。
『な、なに?』『女の人?』『ど、どうしてこんなとこに?』
あーしは流れ込む声に少し不快な気分になる。
あれだけ時間をかけて開けた、簡単には閉めれない。



少女はそんなあーしの顔を少し怯えながら見つめた
『なんか睨まれてる』『でも、綺麗、とても』

「あ、あの、ここいらへんの人、かな?」
あーし、迷子になってもうて…
心の声はその言い訳に少々疑問を感じたようだが、
表面上少女は同情してくれ、自身の村に案内してくれることになった
村なんてあるんやな、こんなとこに。ま、あーしも人の事は言えんがの

「あ、でも、今大事な風習の時期なので…」
たいしたお構いも、できないと思います。あまり長居も…
【風習】その言葉を発した時、少女の声は大きくなった。心の声の方だ。

 帰りたくない まだ、考えたいことがあるのに

そう聞こえてきて、あーしは弱る。
どうしたらええんやろ。聞こえすぎるのはこういう時に困る。
そのくせ後先考えず飛び出したから、このような事態になったのだ。
死ぬ気?なんて聞けるわけないし、明確に助けを求める声だったわけじゃない
とりあえず、もう少しこの子と一緒にいよう

「あーし、高橋愛。あ、えと…」
「黒田麗奈です。」




『麗奈がかわいいねーちゃん連れてるぞ』『うわーすげえな』『しちーガールじゃね?』
『今日…か。』『かわいいそうにね…』『どうしようもない』

村に入って数人の村人の心と接したが、得られた情報は少ない
客人は珍しい。今日、麗奈は13歳の誕生日…だから何かがある。

「とりあえず、うちに来てください」
促されて質素な家に通された。

「麗奈!あんたどこ…お客さん?」
麗奈の両親が玄関に飛び出してきて、あーしを見回した。
『一体、誰なんだ』『どうしてこんな日に』
「この人、迷子になっちゃったらしくて…父さん、街まで送ってあげて。」
『…なんで今日』『早く追い出さないと』

明確に拒絶されたわけではないが、歓迎はされていない。
両親の心には、なにかはわからないがドス黒いものが渦巻いていた。
それを意識しないようにしているようだ。それは麗奈も同様に。
心の根底は揺らめくのに、表面はそれを意識しまいと必死になっている。

普段なら覗こうとはしないのだ
だが今日は違う。聞こえてしまうのだ、知ってしまったのだ


 黒田麗奈は、生まれる以前から、生け贄に選ばれていた
 そして、その役目を果たし、今日人生に幕を下ろす




この力を持ってみて初めてわかる。
人間はいくつもの鎖に縛られている。
むしろ、その鎖がないと生きていけない。縛られていたいとさえ思っている。

この村を縛る鎖、それは風習。
生け贄と呼ばれる名のそれで、一体感を得る。形式的にも、実質的にも。
まだ日本にこのような儀式をしているところがあったのか。
自分のような人間もいるのだ、世の常識なんてないに等しい。
だから驚きというより、悲しみが勝った。

『今日、私は死ぬ。この村の為に私は死ぬ』
なんて悲しい決意だろうか。いや、それを決意と呼んで良いのか。


生きることを否定された私たちと死ぬことを望まれるこの子。


似ている気がした。助けたいと、心から思う。
でも、どうしたらいいかわからない。
ガキさんならどうした?れいなは?みんなは?

この子を助ける力はある。
手を掴んで、光になって、あの喫茶店に飛んで行けばいい。
でも…それで良いの?それが最善策?




「…愛さん」
帰られる前にお話させて下さい。両親は麗奈のその言葉に動揺する。
すこしだけやで、そう言って彼女の部屋に入った。

「わかってるんですよね?私がこれからどうなるか…」
どうも、顔に出やすい性格だとは思っていたがまさかそれまでバレていたとは…

「逃げたくないんですか?」
「…ダメです。私が儀式に成功すれば、もうあと60年は誰も犠牲にならない
 両親も…この村で生きることができる…」
麗奈は力なく、でも真剣な目で笑った。
「わかってます、こんなの間違ってるって。」
でも、抜け出せない。その中で出来ることはこれだけなんです。

泣かないで下さい。そう言われて慌てる。
なんやの、涙。あかんて。この子が、この子がホントは泣きたいのに。

「代わりに泣いて下さってるんですね…」
ありがとう、そう言われて思わず麗奈を抱きしめた。
電気でも流れるように、夥しい量の感情が流れ込む。



あーしはその全てを受け止めた。悲しみも恐怖も全部全部。





「また、良かったら来て下さいね」
運転席の麗奈の父は、囁くように、心無くそう言った。
ああ、むしゃくしゃする。この親父をぶん殴ってやりたい。娘一人助けられないのか
それをしないのは、彼の心の声もまた悲しみに満ち溢れているから

車から降りると、見たことも無い駅だった。
彼はあーしが帰るのを見届けようとしたが、それを断る
「一秒でも長く、娘さんといてあげて下さい」
そう言うと、彼は強く拳を握り、車に乗り込んだ。

なんだか酷く虚しい気持ちになって、無人の駅を見回す。
そこに飾られた、一枚の仮面。神の遣いを模したとされる、それ。
彼が滝つぼに落ちた生け贄を神の御許に運ぶそうだ。
60年に一人、滝つぼに女を求める神とは、どのようなものか。

家族とは、親とはなんなのだろう。

親。自分には親はない。あの手紙によれば、組織から逃がす為に命をかけてくれた。
それなのに記憶を探っても、何の思い出も出てこない。
いないことに悲しみはないが、記憶の無いことに悲しみを覚える日はある

家族。その言葉を考えた時に浮かぶのは、リゾナンターの面々。
一人ひとりの顔を思い返して、れいなのところにきた時、先ほどの麗奈の顔とだぶった。




そうか、あの子は、初めて逢った時のれいなに似ている。
もちろん、あの子はれいなみたいに攻撃的じゃない。
でも、目に見えない苦しみを抱えながら、それをごまかして生きていた。
悲しみを表現して泣き叫ぶこともせず、表面では普通を装って生きる。

自分の体に溢れた、彼女の本心。




      死にたくない。




酷く不快な気持ちになって目を瞑った。
心の中が凝り固まって、息苦しい。

自分を乗せる電車はすぐそこまで迫ってきた。
あれに乗れば、いや、あるいは乗らずとも自分は帰れる。あったかいみんなのもとへ。


「あーし、何やってんのやろ…ほーやん、今日はストレス発散にきたんやで」




村のさらに奥地に広がる、大きな滝。
かつて、村に子どもが生まれなくなった時、神と交わした契約。
【60年ごとに13歳の少女を捧げる】

麗奈は村の長老の合図で、滝を望むキッサキに来ていた。

儀式、祈りの間、心を合わせず、今日のデキゴトを思い返す。
村から出たことのない自分の、人生の最期の日にやってきた美しい女性。
耳慣れない言語で、自分の為に涙を流してくれた、優しい人。
何かしら、不思議な力があるのだろう…触れ合った瞬間に感じた、電気のような感覚。

「生きたくないんか?」

初めて真正面から問われた言葉。本当は頷いて、その手をとってしまいたかった。
幼い時から、決まっていた、運命。
全て投げ出してしまいたくなるくらい、彼女の胸は温かかった。

祈りが明け、いよいよ自分の番になる。
滝に向かい、歩みを進めた。

ききー!!

急ブレーキの音に振り返ると、血相を変えた父がこちらに向かって走ってくる。
村の自警団に止められて、それでも向かってくる、父。
弾かれたように私の名を何度も泣き叫び始める、母。



行かなきゃ、あたし。
これ以上したら、父も母も生きられなくなる。
今まで、自分はこの為に生きているのだと思って生きてきた
この為に両親は自分を生かしているのだと…それは間違いだった。
両親と自分を繋いでいたのは、ホンモノの愛だったのだ…

それがわかっただけでも、自分の人生に少し意味を見出した気がした…
ありがとう、口の形でそう伝えて、私は滝つぼに身を投げた。


 落下する 二乗の速さで   それなのに ゆっくり


こんな時になって、あふれ出す想い
 死にたくない、じゃない。生きたい。生きたかった。
  死への否定、恐怖じゃない。
  生への肯定、渇望。
それは初めての感情。ううん、初めて素直に認めた感情。


 ねえ、愛さん。もし生まれ変わったら、
 私と友達になってくれますか?


水面に叩きつけられる衝撃まで、もう、秒という単位では大きすぎた…






「…いやや」

聞こえるはずのない声が聞こえて、体が浮きあがった。
意識が一度消えて、気がつくとそこに地面があった。

抱かれている。抱きかかえられている。この村の守り神の仮面を纏った、眩い光に。
呆然と私達を見つめる、村のみんなの瞳。

【契約は破棄された。お前たちはこの鎖から解き放たれた。】

その言葉に村のみんなが、弾かれたように地に頭をつけて礼をする。
皆、泣いているんだ。本当は開放されたかった。私だけじゃなく、みんな。

【今後一切、このようなことをしてはいけない 誓うのだ、人間】


光は、私を地に降ろすと耳元でそっと囁いた
「生まれ変わらんで。あーしは…麗奈ちゃんと、友達になりたい。」


仮面を残して、守り神は消えた

私の生命が再び始まった






 *  *  *  *

「愛ちゃん、なんか手紙」
半ば叩きつけられる様に手紙を渡される。何やの?
なかなか出て行かないれいなを横目に見ながら、それを開封した。

中学生とは思えない、整った文字列。それは、黒田麗奈ちゃんからの手紙。
あんな力を見せたことで、怖がられるかと思ったけど、そんなことは無かった。
思えば、初めてかもしれない。所謂「人間」の友達って…

「キレイな字やねー」
いつの間にか背後に回ったれいながそれを覗き込んできたので、一応叱るふりをする。
その拍子に散らばる同封された麗奈ちゃんの切り取られた日常―写真

その背景は、何度か訪れたあの村とはかけ離れた都会。
彼女は引っ越したのだ。両親と共に。

それは逃げなのか、彼女に何度も問われた。 あーしは答えた、それは違うと。

彼女自身が辛い、それもあった。
でも本当に何が辛かったのか、それは皆が自分を見て儀式を思い起こすこと。

掟や風習ごと全部壊してやれたら良かったと思う。
でも、人間の弱い心を守る仕組み全部を変えるのは本当に難しい。
成功するかもわからないのに、長い年月なんてかけていられなかった。
あの日、あの時ことを成さないと麗奈ちゃんを助けることは出来なかった


そして…何よりも心の弱さで、村人たちを人殺しにしたくなかった。





目を閉じれば蘇る、村を棄てた日―
村人の狂気が牙を剥いた…でもそれは、自分たちを守る為―
孤独になりたくない、その弱い心で、あーしを殺そうとした―

その結果、おばあちゃんの命が犠牲になった

もう誰も死んでほしくない。
そして同時にもう誰にも人を殺してほしくない、そう思う。
孤独の犠牲になる人は、もう見たくない

お前のそれは綺麗ごとだと言われるのかもしれない…
そう呼びたいならそう呼べば良い そもそも人の心で完全に綺麗なものなんかないんだから

一見合理的に、また不合理に区別することでは、孤独は消えない
生きて、生きることにしがみついて得られるものの中から、救いを見出すしかないのだ


死は、その機会を奪う。

誰かの死で孤独は消えない。

孤独が連鎖するだけだ。

孤独を共鳴させる、装置でしかないんだ





写真の中の麗奈ちゃんの笑顔が、あの日の質問を思い起こさせる…

「愛さん、外の世界は、楽しいですか?」

拾う手を止め、そのせりふを反芻させる。
いくらあーしでも、なんと答えれば良いか、わかっていた。
『希望』『喜び』『愛』『友情』―彼女に約束された、色とりどりの日々

「楽しいだけじゃ、ないよ。」
でもそれは、正解であって、真実ではないと、思った。

『絶望』『悲しみ』『裏切り』『孤独』―それが、生きなければならない、世界。
心かき乱されて、眠れぬ夜もある。涙止まらぬ日がある。

「それでも、あーしは外に出て、今を本当に感謝してる」
 共鳴できる、仲間に出会えたから。自分を取り戻せたから…


なんて答えやろ…今思えば、ちっとも空気読んでえんわ…繋がってないし
むしろあんな答えに頷いてくれて…麗奈ちゃんに空気読ませてしまった

不安にさせてしまったやろな…





「愛ちゃん、怒っとー?」
あーしが動かんかったからか、れいなが散らばった写真を全て集めて心配そうに覗き込む。
怒ってえんよ、そう言いながら、軽く頭を撫でる。
ほんの少し、彼女に投影させながら。


「愛ちゃん、なんか可愛い子やね」

照れ隠しにれいなに手渡された写真に、思わず目を見開く

彼女と…その隣に二人の女の子
慌てて写真を裏返すと、他の写真には無い、メモがしてあった


 私の初めての友達です
 この間、初めて喧嘩しました 初めて仲直りしました
 苦しかった。怖かった。もう嫌にもなりました
 でも、この子達と出会えて良かったって喧嘩する前より思えるようになった
 愛さん、命をありがとう 外は苦しくって、楽しい世界です


伝わってた…ううん、伝わって無くても、良い。

あーしとこの子は今、同じ感情を共有してる。






人は、世界は、共鳴する。
生きるから共鳴して、共鳴することによって、生きる。
欠けてほしくない、どんな小さなピースでも

それがどんなに大きなことと言われても、タワゴトだ、理想だと罵られても、
自分くらい青臭くても良いと思った。




麗奈ちゃん、良かったね。今度、紹介してな。

あーしにもおるんやで、
生きる意味と生きる価値を教えてくれた、仲間が。


返事を書こう。精一杯の言葉で。
溢れる想いは、言の葉に託そう。


手紙の最後に付け加える言葉、
『近くにお越しの際は、どうぞ喫茶リゾナントへ。』




















最終更新:2012年11月24日 16:09